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世界初?宇宙に連れて行かれた男の話。Vol.5:ついに打ち上げ。「これもう飛んでる?」

1961年にユーリ・ガガーリンが宇宙に行って半世紀ちょっと。宇宙に行った人は世界でも560人弱である。今でも宇宙飛行士になるのは狭き門なのだ。しかし、おそらく世界で初めて、さほど行きたくもなかったのに、宇宙に行ってしまった男がいる。これは、前澤友作の付き人であり、驚くほど自然体なのに数奇な運命を辿った、平野陽三という男の物語である。

photo: Yozo Hirano / text: Atsunori Takeda

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ついに打ち上げ。「これもう飛んでる?」

2021年12月8日午後12時38分、アレクサンダー・ミシュルキン船長の指揮の下、ロシアの宇宙船「ソユーズ」は打ち上げに成功。平野陽三は、無事、前澤友作さんに宇宙に連れて行かれた。

ロケットの打ち上げは、外から見ると非常にドラマティックだが、中ではどんな様子だったのだろう。

「打ち上げのとき、管制塔から10、9、8……といったカウントダウンはなくて、ダッシュボードで回っているタイムコードを見ながら、時間きっかりになったらミシュルキン船長がリフトオフのボタンを押すんです。1秒単位でズレなく。

アナログなんだけど、スケジュール通りにロケットを飛ばすロシアの技術とプライドはすごいなぁと感心しました。

その後、ゴゴゴゴゴとエンジンが点火、噴射したことは分かったものの、意外にも想像していたような衝撃は内側からは感じられず、静かにゆっくり浮き上がる船内で、『これもう飛んでる?』と前澤さんと目を見合わせたことをよく覚えています。ロケットを外から見るのと、中に乗っているのでは、そのくらい感覚が違いました」

地球ってこんなに青くて丸いのか!

ソユーズ宇宙船MS-20の「帰還モジュール」内での訓練の様子
ISSまで旅し、地球に帰るときにも搭乗するソユーズ宇宙船MS-20の「帰還モジュール」内はこんな感じ(写真は訓練時のもの)。約4㎡、おおよそ2.5畳の空間だ。体は型取りしてつくったシートライナーにすっぽり収まっている。

往路のフライトでは「帰還モジュール」に約10時間座ることになっていた。搭乗してから打ち上げまでの準備に2時間を要し、国際宇宙ステーション(ISS)までの旅路が6時間、ドッキングしてもハッチを開けて中に入るまで2時間かかる。

「地上での訓練のラストはほぼ毎日ソユーズのシミュレーション訓練で、長いときには6時間とか同じ姿勢でコックピットにいるんです。それで膝の後ろがうっ血するわ、お尻にアザができるわで、つらかったんですね。

本番でもこうなるんだろうなと思っていたら、打ち上げ後9分弱で高度200kmに到達して、ほぼ無重力になり、身体の負荷が全部なくなったらめちゃくちゃ快適になりました。打ち上げ時のGはおそらく3G程度で、想像していたよりも緩やかな“心地よい圧迫”という印象でした。飛んでいる間はワクワクして、おそらく顔がかなりニヤついていたと思います(笑)」

なかでも、平野がもっとも興奮したのは窓の外に地球が見えた瞬間。

ソユーズ宇宙船内から見えた地球
ソユーズ宇宙船内から見えた地球。

「これまで自分が体験した一番の高度は飛行機で、せいぜい地平線を認識する程度だったのが、それとは明らかに違う地球の見え方だったんです。地球ってこんなに青くて丸いのかと、素直に感動しました。

それで興奮して前澤さんとしゃべってたら、船長に叱られるという(笑)。『管制塔とのやりとりが聞こえないから、静かにして!』って」

たぶん、それは民間人ならではの出来事なのだろう。本職の宇宙飛行士であれば、興奮しつつも機内での任務に従事していたはずだ。とはいえ平野にもコックピットでの仕事はあって……。

「打ち上げ前にバルブを開いて船内に酸素を充満させたり、マニュアルドッキングに備えて船長のコントローラーをセットしたり、船長の手の届かない場所にあるものを取って渡したり。

緊急時は船長の指示に従ってイレギュラー操作が発生しますが、完璧なフライトだったので心配は無用でした」

ソユーズ宇宙船内から見えた地球
ドッキングしたソユーズ宇宙船をISSから望む。眼下には青い地球が広がっている。

12日間、分刻みのスケジュール

そうして12日間のISS滞在が始まったわけだが、細かな記憶はほとんどないと平野はいう。

「最初の2日間は、宇宙酔いに苦しんで、ビックリするほど一日が長かったんですが、3日目以降は無重力にも慣れ、密閉空間で時計を見ながらとにかく時間割をこなす日々。

毎日あっという間にディナーの時間になっていて、気づいたら『あと2、3日しか残ってない!』と。それこそ、その間の記憶はほとんどないというか……(笑)」

そんなある一日の彼のスケジュールがこちら。

彼らは、事前に公募した「前澤友作に宇宙でやってほしい100のこと」をISSに持ち込んでいた。毎日なにかしら撮影し、YouTubeやSNSで公開するための下準備も行う。

「ISS滞在中は地上の管制塔にいるチームスタッフが、前澤さんに代わって地上から各SNSをアップしていたので、その指示出しや画像映像の送信、YouTubeの編集のやりとり、その日受ける取材の内容をチェックしたりと、決められたスケジュール以外にも始終メールでやりとりしていました。

あとはYouTubeのためだけに撮影するのはもったいないと思っていたので、時間が空けば、素の前澤さんにカメラを向けてインタビューしていました。結果、それを撮りためていたことが映画としての要素に繋がったんです」

生活拠点としてのISS

前澤さんと平野にとってのISS滞在は、いわば旅行である。だが他の宇宙飛行士たちはみな国家の任務を帯びているはず。そこで素朴な疑問をぶつけてみた。“彼らはどのくらい相手してくれた”のだろうか?

「宇宙でやってほしい100のこと」のひとつ「宇宙飛行士とバドミントン対決」にも協力してくれた。

「みなさんそれぞれのミッションが分刻みで入っているので、基本的には放置です(笑)。でも、分からないことがあったり、困ったことが起きたときには、すぐに助けてくれました。

ただ、基本的にディナーはいつもみんな一緒。宇宙飛行士の皆さんの協力を得ないとできない実験や撮影があることが事前に分かっている場合には、あらかじめ申請しておいて、その担当の飛行士の時間を確保しておかなければなりませんでした」

みんなで食事の時間。

「宇宙食は、JAXAのものはどれもおいしかったのですが、ロシアの宇宙食は当たり外れが多く、日本人の口には合わないものもありました。個人的にはサーモン缶がお気に入りで、僕はサーモンばかり食べていました」

序盤の「宇宙酔い」同様、慣れるまで少々戸惑ったのがトイレ。洋式トイレのような装置に身体を固定し、そうじ機のような機械で排泄物を吸い込むらしい。

「ここだけの話、地上ではかなり快便なのですが、実は宇宙に着いて丸2日排便がありませんでした。無重力下では、消化物が上に浮いてくるような感覚があり、なかなか下に降りてこないというか……排泄するのに体が慣れるまで2日かかったということでしょうね」

そして、お風呂はそもそも設備自体がない。水で濡らしたタオルで体を拭き、髪は洗い流さない宇宙用のシャンプーを使用する。

「これはシャンプーしたという気にならず、改良の余地がありそうだと思いました。ただ地上にいるより汗もかかず、あまり汚れなかったので、実際シャンプーしたのは3日に1回程度でしたね」

ロシアのモジュール内の個室。上下のない宇宙空間では立ったまま眠るが、体が浮かないよう、寝袋のような装置で壁に固定する。

ISSでの平均的なミッション期間は約5.5カ月。前澤さんと平野の滞在期間はあまりにも短い。瞬く間に帰還の日が近づいていた。

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