なぜか宇宙が本業になってしまった
ZOZO退社後、平野陽三と前澤友作さんの関係はどのようになっていたのだろう。
「実は宇宙プロジェクトに誘われる少し前、再会のきっかけというのがあって。CM制作会社時代に結婚したんですが、その2次会に、どこからか『平野結婚』の報を聞きつけた前澤さんが颯爽と現れ、素早くスピーチして去っていったんです」
突然のサプライズに会場はやんややんや。ZOZO以来の再会だったという。以来、年に何回か食事に呼ばれるようになっていく。あるとき先輩経由で前澤さんから誘いを受けた。レストランの個室に到着すると、いつもは数人が談笑しているはずなのに、その日はなぜか前澤さんだけが待っていたという。
「あれ、なんかいつもと空気が違うなって思ってたら、『俺さ、実は月に行くんだけどさ、興味ある?』と始まって『マジっすか、やばいですね。めちゃくちゃ興味ありますよ!』って答えたものの、実は何も分かってなかったんです。だって、ねぇ……。月ですよ(笑)」
それが今のdearMoonプロジェクトである。
「お手伝い」のはずがバックアップクルーに
「なんだかCM制作の現場に飛び込んだ頃を思い出しました」と平野は言う。
というのも、主な仕事は指示された時間に、指示された場所に行くこと。そこで自分が何をしたらよいか、具体的な指示はなかったという。
「たとえば『海外の人と月についての会議をしているな』とか、『なんか〈スペースX〉と、オンラインミーティングをしているな』『え、月じゃなくて国際宇宙ステーション(ISS)の話なの?』という会議もあったりして。現場で何もしないのも怖いから、会議に呼ばれるたびに議事録だけは取るようにしていました。並行して前澤さんの身の回りのサポートをする会社のほうも手伝っていました」
当初お手伝い程度と言われていた前澤さんに関わる案件はどんどん増えていき、あるとき自分が立ち上げたEC事業への関わり方と完全に逆転し、半年が過ぎた頃には「宇宙」と「前澤さん個人」に関わる2つの会社の名刺を持つことになっていた。
「ソユーズでISSに行く計画は2014年の段階で契約書にサインしていたようで、月の計画と並行して進んでいたことが後に分かります。どちらのプロジェクトも時間がかかる話なので、“1個決まって次に何かが進むまで待機”という繰り返しで、その間に全然違う仕事をしたり、突然振りかかってくるプロジェクトをまわしていると、あっという間に時間は過ぎていきました」
“突然振りかかってくるプロジェクト”というのが、いかにも前澤さんらしいが、それを含め多岐にわたる案件を並行してこなしていけるのは、「常にヒリヒリした現場に身を置いているほうが楽しい」と語る平野らしいエピソードだ。そんななかでも、最初から決まっている2021年12月8日のロシアでのソユーズ打ち上げとISSへの12日間の滞在という日程は着実に近づいていた。
「打ち上げの1年前が『ノミネート』なんです。前澤さんともう一人のプライムクルー(実際に搭乗する人)、そして2人のバックアップクルーの計4人を、宇宙旅行代理店『スペ-スアドベンチャー』社に登録しなくてはいけない。
プライムクルーの2人はもちろん決まっていましたが、登録の期限が迫ってもバックアップ2名を誰にするか、ずっと決まらないままだったんです。『まあ別にバックアップっていっても宇宙までは行かないし』『実際に飛ぶより、訓練中にサポートできるいつものメンバーがベスト』ということで、僕と、同じくスペーストゥデイの小木曽詢がアサインされました」
こうして、行かない前提のバックアップクルーに選出された。
「もう、お前しかねえじゃん……」
バックアップクルーになり、もしものときに宇宙に行く立場になっても、平野の気持ちにワクワクやドキドキは発生しなかったという。
「僕は訓練中の前澤さんをどうケアするか、この宇宙旅行をどう世の中にリリースするかということだけを念頭に置いて仕事をしていました。むしろ、前澤さんと同じ訓練をしないといけないということで、『どうせ行かない立場なのに足を引っ張れないな』とか、『せっかく訓練も一緒にするんだからちゃんと記録したいな』という、あらたな責任感みたいなものが出てきました」
2021年5月13日、前澤さんのツイートにより、今回の宇宙旅行が明らかになった。この話題を取り上げたニュースでは同行者についてはほとんど触れられていなかったが、『ロスコスモス』(旧ロシア航空宇宙局)と『スペースアドベンチャーズ』のウェブサイトでの発表には、プライムクルーとして平野の名と略歴が記されていた。
「内々にはそれより以前に、どうしようもなくて、決まっていたんです。当初のプライムクルーが行けなくなったとき、前澤さんに『そういうことなんで、もうお前しかないじゃん』っていう感じで言われたような覚えがあります(苦笑)。
“しょうがねえよなぁ”みたいな感じで渋々言われてもなあって、僕も思いました(笑)。そんなふうになんとなくぬるっとプライムクルーになったんです」
こうして、平野陽三は宇宙に連れて行かれることになったのだ。