昭和を生き抜いてきた古参と次世代が並び立つハマの盛り場
野毛の醍醐味はハシゴ酒にあり。小路が碁盤目に交差する野毛商店街には焼き鳥屋に一杯飲み屋がひしめき合い、戦後すぐから続く店も少なくない。先代から受け継がれた安くて旨いアテと酒、カウンターを挟んだ店主とのやりとりを楽しみに今も大勢が飲み歩く。
その代表格といえるのが野毛小路の〈野毛末広〉。先代が昭和13(1938)年に屋台で始め、昭和25年から店を構えた焼き鳥店は、毎日開店待ちの行列ができるほど。
地下鉄桜木町駅からすぐの〈小半〉も3代目が祖母の味を受け継ぐ。洋食の名店〈センターグリル〉でお腹を満たすもよし、常連やジャズファンによって蘇った〈ジャズ喫茶ちぐさ〉で一休みもよし。楽しみは尽きることがない。
野毛商店街で軽く引っ掛けて、その勢いで昭和39年生まれの飲食店ビル、都橋商店街を攻めるのも面白い。以前はバーやスナックばかりで一見にはハードルが高かったが、女性オーナーが開いた〈やきとり コッコ堂〉や新鮮な地魚で評判の〈ウミネコ〉をはじめ若い世代の開業が続き、ビギナーでも入りやすい雰囲気に。新旧の魅力が入り交じる今を逃す手はありません。
小路から小路へ老舗をハシゴ。野毛商店街
野毛末広(焼き鳥)
老舗の焼き鳥は串から外さずがお約束
お客同士が隙間なく肩を並べるカウンターの中央で、小気味よく注文をさばくのは2代目店主の中村さんだ。熱の通りや食べやすさを計算して大きさを揃え、キッチリ串に刺す仕込みの技は父譲り。
理想の火入れ加減で焼き上げた焼き鳥は「串から外さず熱いうちに」が開店以来のルールである。瓶ビールや日本酒を合いの手に、ジューシーで旨味豊か、歯応えも心地よい焼き鳥を頰張りましょう。
センターグリル(洋食)
ステンレス皿も古風な洋食で腹ごしらえ
誕生は昭和21(1946)年。旧横浜居留地にあったセンターホテルで修業した初代が、野毛柳通りに開業した。その「栄養のあるものをたくさんの人に」という思いが形になった洋食は、どれもたっぷりボリューミー。
ケチャップの甘味がしっかり効いたナポリタンや、ふわとろ卵とデミグラスソースの特製オムライスはその代表格。昔懐かしい味わいと創業から変わらないビジュアルは唯一無二。
小半(居酒屋)
先々代からの名物、しこさしで一杯
戦後すぐに大衆酒場として開業。名物のしこさしとクジラは初代からの看板メニューだ。相模湾の朝どれシコイワシを市場で仕入れ、新鮮なうちに一尾一尾手でさばいた刺身は、身が締まり旨味がギュッと凝縮して日本酒がついつい進む。
信頼できる仲卸から仕入れた質の良いクジラも生でよし、フライでよし、串カツでよし。店主が目利きした生の本マグロや季節の魚介で作るアテも見逃せない。
ジャズ喫茶ちぐさ(喫茶店)
ジャズの巨匠が愛した聖地が復活
かつて野毛にはナベサダや日野皓正らジャズの巨匠が若き日に通い詰めたジャズ喫茶があった。彼らを育てた店主、吉田衛さんが他界後も営業を続けていたが2007年に惜しまれつつ幕を閉じることに。
ところが12年、吉田さんを慕いジャズを愛する有志が集まって再開。大型スピーカーにレコード、調度や器もそのまま伝説の空間が蘇った。音に耳を澄ませて通りの喧騒を忘れる瞬間を。
川辺の小さなハコに熱気渦巻く。都橋商店街
ウミネコ(魚介料理)
港で毎日目利きする横須賀の地魚で一献
2013年12月に開業した途端、「魚がウマイ!」の評判が広まり、都橋に新たな客を呼び込んだ。店主の齋藤佑一さんが選ぶ魚は鮮度といい状態といい、実に良いコンディション。佐島などの港で船から揚がるのを待ち構えて漁師から直接手に入れるというだけのことはある。
手際よく的確な仕事が施された刺身の旨さは目を見張るほど。足で探し当てた各地の地酒と一緒にじっくり味わいたい。
やきとり コッコ堂(焼き鳥)
川風に吹かれスタンディングで焼き鳥を
4年前、二宮夏美さんがこの店を開いた時、都橋商店街がザワついた。店主が若い女性、しかも焼き鳥で立ち飲み。心配する声もあったが結果はすぐに出た。3坪ほどの店は連日瞬く間に満員御礼。
炭火でこんがりふっくら焼き上げられる焼き鳥と、なっちゃんのテキパキとした接客ぶりに心を掴まれてコッコ堂に通い、野毛の魅力に気づいた人も少なくない。街の空気を変えたと言っていい一軒。
ホッピー仙人(ホッピー専門店)
ホッピー一筋四十余年。究極の一杯を
理想のホッピーを追求し、好きが高じて店をオープンしてしまった“仙人”こと熊切憲司さん。今も1日3時間、ホッピーのためにカウンターに立つ。長年の研究の結果、仙人がホッピーにベストマッチと定めたのが金宮焼酎。
しかも20度と25度のブレンドだ。そこに静かにホッピーを注ぐ仙人の表情の真剣なこと!きめ細かな泡をのせたホッピーをグイッとやれば、新たな酒の扉が開けるはず。
華(スナック)
ママの笑顔と広東の家庭料理になごむ
重厚なドアの向こうには、いつも容子ママの笑顔。中華街で生まれ育った容子さんは料理上手で、母譲りの広東家庭の味を手際よく作ってくれる。大根餅に水餃子、汁なしそば、何を頼んでもハズレなし。
レモンスライスを入れた甕出し紹興酒のロックが進むこと、この上ない。しかも容子さんは話し上手の聞き上手、恋の悩みも聞いたりもするのだとか。気張らずにホッとしたいなら、ここでしょう。