“国民的アイドルグループ”たちはいかにして作られたのか?
僕がプロデュースしているAKB48や乃木坂46などのアイドルグループには、それぞれ所属するプロダクションや運営会社があり、現場にマネージャーと呼ばれる人たちがいます。その中で自分は総合プロデューサーとして、もちろんクリエイティブなことは指揮しますが、マネジメントはしていないんです。
実は一番苦手な分野なんですよね。ただ、アイドルのほかにもドラマや映画などいろいろなプロジェクトに関わってきて思うのは、優れたマネジメントというのは“人のいい部分だけを見ること”だと思っています。
例えば、企画書を書くのが上手な人なら、たとえ時間にルーズだろうが、その部分には目をつぶる。不平不満が山ほどあったとしても、スルーできるバランスを持てるかが決め手でしょうね。僕の場合、なかなかそうはいかなくて、自分にも厳しい分、スタッフにも求めすぎてしまう。
それは美空ひばりさんに学んだことでもありますが、彼女は誰かが現場に1分でも遅れたらそれで終わりというほど厳しい方でした。でもそうすることで、自分も遅刻はしないという関係性を成り立たせることができる。馴れ合いで何かを成し遂げるより、みんながピリピリしている方がいいものができるんじゃないかという昔ながらの考え方が僕にはいまだにありますね。
一方で、マネジメントのプロたちは「あいつはココがダメだよね」と言っても、必ずや「でも、ココがいいんですよ」と返してくる。なぜなら100%完璧な人間はいないからで、マネジメントというのは、そういう完璧でない人たちでいかに『がんばれ!ベアーズ』(弱小野球チームの成功物語)を作れるかだと思うんです。
だから、僕がまず理想のチームを集める時は“自分の望む人はいない”という想定の下でやっています。よく企業が入社面接を何度も繰り返したりしますが、それでは絶対にわからない。だったら100人を仮採用した後で選んだ方がいい。
アイドルのオーディションでも僕が審査をする場合は、僕1人でも上層部だけでも決めません。歌唱力やルックスなどの項目に分けて点数をつけるような数値化もさせません。もし10人審査員がいるとしたら、8人目、9人目には数日前にレコード会社に入ったばかりの人や、手伝いでチームに加わった人にも参加してもらって、その人が一番いいと思う人を入れる。
それは誰かがどうしても入れたいという人の後ろに、彼らと同じ好みの人が必ず何百人かはいるからです。安易に数値化してしまうと平均点以上ではあっても、誰が推しているのかわからないような人を選ぶことになる。みんなが「どうしてこの人がいいの?」と言い合えるような人ほど個性があるんですよね。審査員同士が互いに理解できないチームには、それだけ多彩な人が集まっているということなんです。
バラバラの個性を集め、個々の“色”を育てる
僕には、ダイヤモンドの原石を見つけるような審美眼や先見の明があるわけではありません。ただそういうふうにして集めた多彩な人たちをある種、自由にして、旅をさせているうちに見えてきたキャラクターに合わせてもの作りをしているんですね。
マネジメントチームがみんなを緩やかに率いながら、山を越えていくと、中には座り込んで動かなくなってしまう者もいれば、逃亡したり、喧嘩したりする者もいる。その様子からそれぞれの特性を汲み取ったうえで動かしていくんです。
よくアイドルというのは、アイドルという名の真っ白なキャンバスに色をつけていくものと思われがちですが、そうではなくて。自由奔放に振る舞っていると、それぞれの“色”が出てくる。それが淡いブルーなら、それを生かすにはこうしようというふうに、僕の役割は彼女たちがもともと持っている個性や魅力を引き出していくことです。
例えば、AKB48グループの中で指原莉乃は、研究生時代には多くの人がノーマークだったと思います。それが2010年の春にブログを始めたというので読んでみたら、「昨日、道を歩いてたらネギが丸々落ちてたんですよ」と書いてあった。面白いことを書く子だなぁと。それが彼女の“色”ですよね。
そのキャラクターを伸ばすために“ブログ1日100投稿”というお題を与えてみたりしてね。もちろん、そういうふうにしてメンバー全員の個性を追いかけるのは無理なので、マネージャーに現場の様子をレポートしてもらっていますが、発見できていないキャラクターだってたくさんあるはずです。もしかしたら、オーディションの時点でも取りこぼしがあるかもしれない。そういう意味で、僕らの仕事は“運”にも支えられている。
指原の場合は、僕がブログをたまたま見たという運。前田敦子の場合は、この子はスター性があるなと思ったので、2011年にAKB48で初めてのソロ曲を作ったのですけど、彼女は泣いて嫌がった。レコーディングの日にスタジオへ行ったら僕まで締め出されて、この子は面白いなというところから始まっている。そういう流れというのは伝播するもので、時を同じくして故・市川準監督が、映画『あしたの私のつくり方』に前田を起用してくれた。彼女には予定調和でない不思議な魅力があるんでしょうね。前田敦子が面白いと気づいたのも偶然ですし、少なからず運の支えというのはあるんですよね。
20年先でなく“今”という時代を閉じ込めていく
企業であれば、20年後を見据えて目標や戦略を立てることも重要かと思いますが、僕らはその時々で“今だったら何か”ということだけをやり続けてきた。AKB48が18年続いているのも、短距離走の結果が重なって継続しているようなものです。
今度の櫻坂46の新曲もどうやって作ったかといえば、最近のネットを見ていて承認欲求がすごいなと思ったので「承認欲求」というタイトルで、なぜ、みんな誰かに認められたいのだろうというのをテーマにした。それは2023年の今だからで、20年後を考えて書いてはいないんです。
1989年に「川の流れのように」の歌詞をNYで書いた時も、それが後のスタンダードナンバーになるなんて考えてはいませんでした。1985年の「なんてったってアイドル」も、当時みんながアイドルはカッコ悪いと言ってロックに転向したりしていた時代だったから、キョンキョンが「アイドル最高じゃん!」と歌うのをやりたかった。この間、AKB48に「アイドルなんかじゃなかったら」を書きましたが、僕にとってはきっと「なんてったって〜」の続編だったりするんですよね。
今芸能界でいろんな女の子が恋愛した結果、スキャンダルになったりするのを見ていると、アイドルじゃなかったら、と思うんじゃないかなって。乃木坂46なら、神宮球場で4DAYSがあるから夏に盛り上がる曲を作ろうと、最近は一人焼肉もあるし、お一人様で会場に来る人も多いだろうなと思って、「おひとりさま天国」を作った。センターの井上和にはとにかく「神宮球場、一人の人いるか〜!」「一人でもがんばろうぜ!」みたいに煽って歌いに行けば、絶対に盛り上がるからと言いました。