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マティス、フェルメールetc.窓から読み解く絵画の空間学

絵画の巨匠たちはどのような意図で窓を描いてきたのか。窓に注目して名画を眺めたら、新しい楽しみ方が見えてきた。画家・真田将太朗の案内で、絵画が創造する窓と空間について考える。

text: Chisa Nishinoiri

話を聞いた人:真田将太朗(画家)

現実と異世界をつなぎ、窓は空間を一変させる

絵画の歴史の中では、多くの画家がそれぞれの解釈で窓を描いてきました。例えば風景も窓を通して描くことで、画家がその景色をどのように捉えているかが表現できる。マティスは近い時期に2つの窓を描いていますが、受ける印象は正反対です。そこに作家の心情が読み取れます。

アンリ・マティスの「開いた窓」(1905年)と「コリウールのフランス窓」(1914年)/窓が作者のまなざしを伝える。色鮮やかな窓と、暗く冷たい窓。全く印象が異なる2つの絵画だが、実は描いているのは同じ窓だ。フランス南端の小さな町、コリウールで滞在した家の窓とされている。

そもそも絵画は、それ自体が窓のような役割を果たしていました。油絵が確立した15世紀以降の宗教画まで遡りますが、例えばラファエロの「システィーナの聖母」を見ると、絵画の中に神聖な世界が広がっていて、額縁が一部を切り取っていると捉えることができる。向こうの空間へ貫く穴であり「異世界を垣間見るための窓」としての絵画の確立です。

ラファエロ・サンティ作「システィーナの聖母」
かつて絵画は窓だった
ラファエロ・サンティ「システィーナの聖母」(1513〜1514年頃)/天使が枠に肘をついて神聖な世界を仰ぎ見るという構図が、窓としての役割を想起させる。実際に飾られた聖堂で複製画を見ると、鑑賞者の目線にちょうど天使が描かれている。

さらに、絵画の中に窓を描くと、今度は空間が一変します。カラヴァッジョ「聖マタイの召命」のように、窓が描かれることで、それまでは壁のように平面に感じられていたはずの絵画に奥行きが生じ、部屋自体が広がったような感覚になります。

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ作「聖マタイの召命」
窓が奥行きを生む
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ「聖マタイの召命」(1599〜1600年頃)/画中には描かれていない右側の窓から光が差し込み、光源の根拠づけとしての窓の存在を想起させる。差し込む光によるくっきりとした明暗、写実的な描写が特徴。

窓には描かれた空間に開放感を生む効果もあります。ゴッホの「アルルの寝室」を見ると、「もし僕がこの絵の中の部屋に入って戻ってこられなくなってしまっても、窓があるから大丈夫だ」と安心できる。一方で、窓が不穏な雰囲気を生むこともあります。

フィンセント・ファン・ゴッホ作「アルルの寝室」
窓があれば外に出られる
フィンセント・ファン・ゴッホ「アルルの寝室」(1889年)/仏・アルルでゴッホが暮らした家の2階の部屋。同じ絵が合計3作品存在する。窓の外の景色は描かれていないが、壁には緻密に描かれた肖像画が飾られている。

僕が好きなハンマースホイの作品はその最たる例。彼の描く室内画は構造が若干歪んでいて、そこには後ろ向きの女性が座っている。そのモチーフと相まって非常に不気味なんです。その奥には光り輝く窓が描かれているけれど、先の景色はわからない。不気味さと、窓の外の世界へ期待をさせない感じ。この窓の向こうへ行きたいかというと、あまり行きたくない感じがする。

ヴィルヘルム・ハンマースホイ作「Interior in Strandgade, Sunlight on the Floor」
窓の向こうが怖い
ヴィルヘルム・ハンマースホイ「Interior in Strandgade, Sunlight on the Floor」(1901年)/画家が1898年から1908年まで実際に暮らしたコペンハーゲンのアパートの室内を描いたもの。窓からは明るい光が差し込んでいるが、真田さんいわく「不気味な雰囲気も漂う」。

フェルメールも多くの絵画で窓を描いていますが、この窓にはまず光源の機能がありますね。斜めから差す自然光は美しいんです。また、正面から窓を捉えなければ、窓の外を描き込まなくて済むし、窓の外を眺めている人物の表情も描くことができる。カメラの位置としては利点ばかりだと思います。

ヨハネス・フェルメール作「地理学者」
窓が光を与える
ヨハネス・フェルメール「地理学者」(1669年頃)/左側に描かれた窓から柔らかな光が差し込む構図は、“光の魔術師”と称された画家の代名詞と言える技法。窓の外に視線を向ける学者の姿に、思索的な想像力をかき立てられる。

そして絵画の中にとどまらず、建物自体に広がりを生み出し、空間と絵画の連続性を実現させたのが天才ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」です。実際に飾られているミラノの修道院を訪れると、眺める位置によって、本当に建物に奥行きがあるように感じられる。トリックアートの先駆けとも言えます。窓からの光が絵画に当たるところまで計算されている。

窓は、描くだけで空間も想像力も広げてくれる、面白い存在ですね。

真田将太朗・設計「連景十二柱」
真田将太朗「連景十二柱」(2023年)/JR長野駅常設作品の展示風景。駅に立つ12本の柱を表現。待合室の古い駅舎の絵画ともつながる。「風景や時代を接続する新しい風景になればと、窓を造るイメージで描きました」