話を聞いた人:真田将太朗(画家)
現実と異世界をつなぎ、窓は空間を一変させる
絵画の歴史の中では、多くの画家がそれぞれの解釈で窓を描いてきました。例えば風景も窓を通して描くことで、画家がその景色をどのように捉えているかが表現できる。マティスは近い時期に2つの窓を描いていますが、受ける印象は正反対です。そこに作家の心情が読み取れます。
そもそも絵画は、それ自体が窓のような役割を果たしていました。油絵が確立した15世紀以降の宗教画まで遡りますが、例えばラファエロの「システィーナの聖母」を見ると、絵画の中に神聖な世界が広がっていて、額縁が一部を切り取っていると捉えることができる。向こうの空間へ貫く穴であり「異世界を垣間見るための窓」としての絵画の確立です。
さらに、絵画の中に窓を描くと、今度は空間が一変します。カラヴァッジョ「聖マタイの召命」のように、窓が描かれることで、それまでは壁のように平面に感じられていたはずの絵画に奥行きが生じ、部屋自体が広がったような感覚になります。
窓には描かれた空間に開放感を生む効果もあります。ゴッホの「アルルの寝室」を見ると、「もし僕がこの絵の中の部屋に入って戻ってこられなくなってしまっても、窓があるから大丈夫だ」と安心できる。一方で、窓が不穏な雰囲気を生むこともあります。
僕が好きなハンマースホイの作品はその最たる例。彼の描く室内画は構造が若干歪んでいて、そこには後ろ向きの女性が座っている。そのモチーフと相まって非常に不気味なんです。その奥には光り輝く窓が描かれているけれど、先の景色はわからない。不気味さと、窓の外の世界へ期待をさせない感じ。この窓の向こうへ行きたいかというと、あまり行きたくない感じがする。
フェルメールも多くの絵画で窓を描いていますが、この窓にはまず光源の機能がありますね。斜めから差す自然光は美しいんです。また、正面から窓を捉えなければ、窓の外を描き込まなくて済むし、窓の外を眺めている人物の表情も描くことができる。カメラの位置としては利点ばかりだと思います。
そして絵画の中にとどまらず、建物自体に広がりを生み出し、空間と絵画の連続性を実現させたのが天才ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」です。実際に飾られているミラノの修道院を訪れると、眺める位置によって、本当に建物に奥行きがあるように感じられる。トリックアートの先駆けとも言えます。窓からの光が絵画に当たるところまで計算されている。
窓は、描くだけで空間も想像力も広げてくれる、面白い存在ですね。