「ヴィトラ キャンパス」は空や山々、ぶどう畑が眺望できるスイスとドイツの国境沿い、ヴァイル・アム・ラインの広大な敷地に位置する。
「ヴィトラ キャンパス」にはフランク・ゲーリーやヘルツォーク&ド・ムーロン、ジャン・プルーヴェ、ザハ・ハディド、篠原一男、安藤忠雄、SANAAといった世界に誇る建築家たちの作品が常設。それらの建物の一部は、ミュージアムや家具の組立工場、カンファレンススペースとして実際に現在も使われている。
スイス・バーゼルの駅からバスで20分ほど、雨上がりの朝一番に「ヴィトラ キャンパス」へ。鳥たちのさえずりを聴きながら「アウドルフ ガーデン」のあちこちに没頭して歩いていると、精彩な黄色のTシャツを着たひとりの庭師がせっせと花々の手入れをしている。こちらが庭一周を終える頃も、変わらず夢中に雑草を抜き続けている彼に挨拶をしてみる。
「Good morning!いろんな植物を育てていますね、この素晴らしい庭で、あなたはどの花がいちばん好きですか?」
すると「実はこれといった一番の好みはないんだ。広い敷地だから作業に終わりがないよ(笑)」というさっぱりとした返答が。それとは裏腹に爽やかなはにかみ笑顔からは、自然への敬意やひたむきさが滲んでいた。
そんな庭師の休憩小屋としてこの夏誕生したのが、建築家の田根剛さんが設計した「ガーデン ハウス」だ。
素材となる石や木材は50km圏内という可能な限り現地で調達され、地元の職人たちによって建てられた。案内してくれたガイドさんも建築家ということもあり、敷地内の隅から隅まで秘話も織り交ぜながら、話が尽きない。
「人の手で作ることで、修繕がしやすく今後も近所の職人たちが守り続けてくれます。それは建物の持続性が維持されることでもある。場所の記憶から未来を構想するプロセスを通じ、考古学は次第に建築へと変わっていくのです」と田根剛さんは語る。
一方で、敷地内に隣接するヴィトラ デザイン ミュージアムでは「Garden Futures展」が開催中。キュレーターのヴィヴィアン・ステップマンさんが直接案内してくれた。世界中の庭をリサーチし、「過去から現代、そして未来へと繋がる示唆を目指したコンセプト」だという。
庭園の歴史を紐解いていくと、時代や地域によって、個人と社会全体が自然とどのように関わっているかについて多くを明らかにするという。
「先住民社会には、自然と共生しながら育んできた長い歴史があります。この展示を通して、ヴィトラに関わる人々もまた、カーボンニュートラルや自然との共生について考えるきっかけにもなっている。私たちは今日、この共存を模索しています」と語るステップマンさん。
完璧な解決策を見つけるのではなく、小さな検証を積み重ね、その場所の反応を観察しながら試みていく。土壌に適切な栄養を与えなければ、まともな収穫は得られない。このギブ・アンド・テイクの関係は、デザインと建築においても同じであるとヴィトラ社は考えていて、大切な未来へのヒントにつながるかもしれない。
その土地に根付いた記憶を、同じ方法で再現するのではなく、世界中のユニークな創作者たちによる新たな視点で、文化を融合させながら未来を描いていく。デザイン、建築、庭、敷地へとさまざまな角度から自然を持続させるための未来に対する構想は、真剣そのものだ。
変化し続け育ち続ける“未来への荒野”に身を置くことで、五感が刺激され、多くの学びがあることだろう。訪れた人々からその場所を支える人々まで、おおきな懐で迎えてくれるヴィトラによる自然回帰への想像の旅は、これからも続いていくのだ。