平山夢明、岩井志麻子ら作家が告白する、本当に怖い小説

text&edit: Hikari Torisawa

ホラーのほかのジャンルと比べても長い歴史を持つ文学。普遍的な恐怖は国境も時代も超える。恐ろしい世界を生み出す作家たちが、本当に怖い小説を告白。

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不条理な絶望感が怖い

「あざ」

著:アンナ・カヴァン/1940年/『居心地の悪い部屋』(編訳:岸本佐知子)収録
Hにはバラのようなあざがあった。後年、語り手は不意にそれを目撃する。

語り手が知った女性、ちょっと憧れも感じていた、その女性と異様なシチュエーションで再会、したのだろうかと思わされ、だとしたらその無残におののく。自分にそして相手に出来ることは何もない、理由も知れない、という鉛の壁に埋め込まれるような息苦しさ、逃げようのなさ、閉塞と無力をともなう絶望が不意に突きあげてくる、その瞬間の恐ろしさを忘れない。(高原英理)

仰ぎ見る闇の暗さが怖い

「吉備津の釜」

著:上田秋成/1776年/『改訂版 雨月物語 現代語訳付き』(訳注:鵜月洋)収録
吉備津神社の娘が庄屋の息子と結婚。浮気、駆け落ちの後の顛末を描く怪異譚。

岡山ホラーを書き続けている私からすれば、これは絶対に超えられない岡山ホラーの最高峰。人を殺すのが平気な悪党に捕まるより、楽しみながら人を傷つけるサイコパスに目をつけられるより怖いのは、真面目で善良な人を裏切ったときだと教えてくれる。そして結末の怖さというより無気味さは、日本ならではの居心地悪い曖昧さ、闇深い余韻だ。(岩井志麻子)

あざやかな追憶を浸蝕する人外のグロテスクな所業が怖い

「龍騎兵(ドラゴネール)は近づけり」

著:皆川博子/2002年/『蝶』収録
弟とねえやと共に夏を過ごした漁村。そこで出会った少年と楽士たち。後年、音楽祭で「龍騎兵は近づけり」が歌われる。

タイトルは横瀬夜雨の詩歌。解像度の高い文体。アート映画のような昭和の情景に見惚れていると、いきなり怪異の奈落に突き落とされる。残酷なビジュアルはクライヴ・バーカーら海外ホラー勢にも比肩するが、人に紛れ込んでいる人外の怖さ、幻想性、怪談性、奇想の凄み、恐怖の質感、手法の斬新さでは他の追従を許さぬ水準。(井上雅彦)

イマジネーションを喚起するクローズアップ描写が怖い

『シャイニング』

著:スティーヴン・キング/1977年/訳:深町眞理子
閑散期のリゾートホテルが幽霊屋敷に変貌。管理人としてやってきた、作家の男と妻と息子を襲う。

初読から半世紀近く経っても忘れられない、今読み返しても気持ち悪いのが第四部の「二一七号室再訪」。あるはずのないバスマットとか、誰もいないのにちゃりんと音がしたとか、ドアノブが回る気配とか。巧みなクローズアップで読者の歩幅をコントロールする。見たこともない表現でゾクッとさせてくれるし、言葉遊びも面白いんだよね。(談)(平山夢明)