世界中の現代アート作品が一挙公開されるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展とは?
「ヴェネチア」と聞くと、世界中から有名俳優たちが集まるヴェネチア国際映画祭や、細い水路を巡るロマンティックなゴンドラを思い浮かべるかもしれない。でもヴェネチアには他にも、世界に誇る大きなイベントがある。それが、2年に一度開催されるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展だ 。建築展と1年おきに開催されるこの美術展は、ヴェネチアだけでなく世界的にも重要な役割を担っている 。
ヴェネチア・ビエンナーレには、世界中の様々な国が自国の看板を背負って参加する。参加国は、ジャルディーニ公園とアルセナーレの2つのメイン会場にパビリオンを構えて、国家を代表するアーティストの展示を行う。その中から、優れた展示をした国に贈られるのが金獅子賞だ。いわば、美術界の万国博覧会のようなものなのだ。
さらに、ヴェネチア・ビエンナーレは、有名アーティストだけでなく、若手や知名度の低いアーティストも参加している。 一躍有名になる可能性を秘めたこの展示は、彼らにとって晴れ舞台のような大切な場所。世界中からアートコレクターやキュレーター、オークション関係者がこぞって集まり、新たなスターの発掘に期待で胸を高まらせ、目を光らせていることは言うまでもない。
ここで展示されたアーティストは世界的な評価が高まり、作品の値打ちが上がるだけでなく世界のいろいろな美術館での展示が実現することも多いのだ。
ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展はどのように始まったのだろうか?
1895年にイタリア王国の第2代国王であるウンベルト1世の成婚25周年を記念して始まった、世界で最も長い歴史を持つ国際美術展である。開催当初は、ジャルディーニ公園のみが会場になっていたが、参加国が年々急増していったことから、アルセナーレや市内の一部へと会場が拡大されていった。
2度の大きな戦争を乗り越えたヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展は、第2次世界大戦後、現代美術の新しいトレンドの指標となる大切な役目を担ってきた。スイスの時計メーカー〈スウォッチ〉や、イタリアを代表するコーヒーメーカー〈イリー〉といった、国際的な企業がスポンサーを務めていることからも、その重要性が伝わってくる。
本来は、2021年に開催が予定されていたが、パンデミックの影響で、1年延期されることに。紆余曲折を経て無事に幕を開けた第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展は2022年11月27日まで開催中だ。
それぞれの国が所有するパビリオンってどんなもの?
今回のヴェネチア・ビエンナーレには、世界58カ国から213人のアーティストが参加している。さらに、パビリオンを持たない国が、街中の至る所で展示をしている。1956年に建てられた四角い形のシンプルな建築様式が特徴的な日本館や、 壮大な敷地を誇るイタリア館、その他にもアメリカ館やガーナ館など様々な国のパビリオンがある。各国独特の文化や思想を、アートを通して垣間見ることができる、世界一周美術館旅行のような贅沢すぎるアートの祭典である。
楽しみを与えてくれる半面、私たちが置かれた現代社会の様々な問題、世界のどこかでこの瞬間も苦しんでいる人がいるという現状を知ることになるのも、ビエンナーレならではだ。アートは社会で何が起こっているかを教えてくれるだけでなく、それについて深く考えさせてくれるのだ。
注目が集まったウクライナ広場と、空っぽのロシア館
ロシアからの侵略により、ウクライナの文化遺産と芸術が爆撃によって破壊されている。この現状を受け、もともと企画していたアルセナーレ会場にあるウクライナ館の展示に加え、ジャルディーニ会場の真ん中にPiazza Ukraina (ウクライナ広場)と名付けられたスペースを急遽設けることに。
広場の中央には、土嚢を積み上げた記念碑がそびえ立っている。これは、ウクライナで、パブリックアートを砲撃から守るために実際に行われている応急処置の方法でもあるという。さらに、(展示のために)表面が焼かれた木造建造物が立ち、そこにウクライナ人アーティストの作品をポスター化したものが貼られた。
木材は焦げたことにより暴力的に見えるが、一方で木材としての耐久性を高めている。戦火の中、ウクライナの人々が苦しさに耐え、一致団結して、この残虐な状況に立ち向かっていることを象徴しているように感じられる。
会場ではアーティストやキュレーターの講演が行われているが、今回はウクライナのゼレンスキー大統領も、世界中のアーティストやメディア関係者、文化的指導者が集まるこのヴェネチア・ビエンナーレでビデオ演説を行った。アート界の最前線にいる人々に向け、作品の持つ特別な言語やその影響力を利用して、ウクライナを支援するように熱心に訴えたのだ。
時に言葉よりも強い表現力とメッセージ性を持つアートの役割や、それを世界中に伝えていくヴェネチア・ビエンナーレの重要性を再認識させるかのようである。
一方のロシア館は、キュレーターのライムンダス・マラシャウスカスや、アーティストのアレクサンドラ・スチャレヴァ、キリル・サフチェンコフが参加しないことを表明した。キリルは「民間人がミサイルの火で命を奪われているとき、ウクライナの市民が避難所に身を潜めているとき、ロシア人が抗議することを許されないとき、アートの出る幕はない 。言うことは何もない」というメッセージを残している。
近年に改装され綺麗になったロシア館だが、アーティストも作品も不在で空っぽの状態だ。これは、ロシア国籍を持つアーティストやキュレーターが彼らなりに選んだ、 自国の政治や戦争に対する、非暴力的で文化的な抵抗ともとれる。
アートとは、政治や国際関係に支配されることなく、表現の自由を貫き、メッセージを発信できる私たちの大切なツールの一つなのだ。ヴェネチア・ビエンナーレは国籍や性別、年齢といった社会が定めたカテゴリーを超え、アートと人が、そして、そこから生まれる感情を共有することで、人と人とが繋がり合える貴重な空間なのである。
さて、気になる後編では、実際にヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展のおすすめパビリオンへ。お見逃しなく!