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私の忘れたくない一行。広瀬大志、松本圭二、和合亮一、小笠原鳥類が選ぶ「詩」

自由な言葉が連なる、ごくシンプルな文芸・詩。多くが複数行で成り立つからこそ、詩人たちが抜き出した一行の濃さは一層際立つ。必ずしも字数や形式に縛られず、赴くままに羽ばたく作者の創造力を楽しみたい。

edit: Ryota Mukai

広瀬大志

忘れたくない一行

下北沢裂くべし、下北沢不吉、

「黄金詩篇」より。吉増剛造『黄金詩篇』(思潮社)収録

その禍々(まがまが)しい言葉を目にした時に震えが走った。若者で賑わう刺激的な街「下北沢」がネガフィルムのように反転し、遠く「下北」半島の恐山に集結する霊魂のざわめきと通底したのだ。この呪的な言葉は、時空をこじ開けるようにして生まれた想像力の通路なのだ。詩のすごみを思い知った圧倒的な一行。

忘れたくない、「自身」の一行

わたしは誰の言葉だ

「ダガス干渉」より。『毒猫』(ライトバース出版)収録

松本圭二

忘れたくない一行

さようならアントナン、ぼくはまだそこまでは行かない

稲川方人『形式は反動の階級に属している』(書肆 子午線)収録

アントナンとはアントナン・アルトーのことであろう。ここで稲川はアルトーの「狂気」と対峙している。その「狂気」はとても詩的であり魅惑的だ。詩はいつだって狂気と隣接している。萩原朔太郎や中原中也の時代から。しかし稲川はその「狂気」を拒絶し、訣別を宣言している。強靱な精神と緻密な筆記によって詩を前進させるために。

忘れたくない、「自身」の一行

世の中のことは世の中にやらせとけ どうせ死ぬんだ、詩集を作ろう

『松本圭二 LET'S GET LOST』(萩原朔太郎記念水と緑と詩のまち前橋文学館)収録

和合亮一

忘れたくない一行

詩を書く前には靴を磨くね

辻征夫「ハイウェイの事故現場」より。『続・辻征夫詩集』(思潮社)収録

靴を磨く。とても特別で、どこかお洒落と言おうか、とがったような心持ちで詩を書き始めるのだという実感が伝わってくるフレーズである。詩歴を重ねてきたけれど、創作のセオリーはこれからも見つからない気がする。あるとすればこの一行だと思う。

忘れたくない、「自身」の一行

放射能が降っています。静かな夜です。


「2011年3月16日21:30」より。『詩の礫』(徳間書店)収録

小笠原鳥類

忘れたくない一行

十何万のがぜる群 角をふり立て ががががが。

入沢康夫「わが出雲」より。『続・入沢康夫詩集』(思潮社)収録

不思議があるから、生きられる。入沢康夫(1931~2018)の詩は、わーっと現れる、おばけだ。ガゼルも、ががががが。こわいけれど、うれしい。現代詩は難しいのでもなくて、ほんとうにいる、わけがわからない言葉の、ばけものだ。

忘れたくない、「自身」の一行

おお、生き生き健康体操

「このような犬が」より。『小笠原鳥類詩集』(思潮社)収録