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私の忘れたくない一行。北大路 翼、神野紗希、なかはられいこ、竹井紫乙が選ぶ「俳句・川柳」

五七五の17音からなる、世界で最も短い定型詩とされる俳句。また、俳句と同様に五七五を定型とする一方、季語を持たずより自由闊達(かったつ)な表現が見られるのが川柳。短くとも非常に多様性に富む作品の数々から、とっておきの一句を俳人たちがセレクトした。

edit: Ryota Mukai, Emi Fukushima

北大路 翼(俳句)

忘れたくない一行

妻抱かな春昼の砂利踏みて帰る

中村草田男/作。『萬緑』(甲鳥書林)収録。

はたから見ればただの中年のセックスだが、本人が大真面目なのがたまらない。草田男は自身を神だと思うている節があり、人類を代表して子作りを行うのである。真っ昼間から臆面もなくセックスしなきゃと砂利道を音を立てて歩いている姿には拍手を送らざるを得ない。男はこうでなくっちゃ。

忘れたくない、「自身」の一行

太陽にぶん殴られてあつたけえ

『天使の涎』(邑書林)収録。

神野紗希(俳句)

忘れたくない一行

ケフチクタウケッシテ死ナナイデクダサイ

小澤實/作。『澤』(角川文化振興財団)収録。

死なないで、と告げる相手は、生きづらさに消えそうな人だ。カタカナの醸す「誰でもなさ」が「死ナナイデクダサイ」をみんなの声にする。言いたかった言葉、欲しかった言葉。炎天下、夾竹桃(ケフチクタウ)の木の紅い花が絞り出した命のように輝き、もう少し生きてみようと思う。

忘れたくない、「自身」の一行

優しいね涼しいね生きていたいね

『Tokyo Dialogue 2023』(一般社団法人TOKYO INSTITUTE of PHOTOGRAPHY)収録。

なかはられいこ(川柳)

忘れたくない一行

お別れに光の缶詰を開ける

松岡瑞枝/作。『光の缶詰』(編集工房・円)収録。

人生には逃れられない「お別れ」がある。たいせつな人ともう二度と会えない。声を聴くことも、顔を見ることも叶わない。そんな圧倒的な悲しみのなか、この句はしずかに立ち上がるのだ。缶詰を開けた瞬間、過去の記憶の断片が光の洪水となってあふれ出る。やがて光が細胞のすみずみにゆきわたるのを、私は待つ。

忘れたくない、自身の一行

朝がきて空が青くて、なんか、ごめん

『くちびるにウエハース』(左右社)収録。

竹井紫乙(川柳)

忘れたくない一行

うつくしいとこにいたはったらええわ

久保田紺/作。『大阪のかたち』(川柳カード叢書)収録。

綺麗事しか見ようとしない態度への批判と屈折。意地の悪さと同時に相手を認めてもいる「いたはったら」。「ええわ」で軽くつき放すのはほんの優しさ。本当の「うつくしいとこ」を熟知していた紺さんはいつも鈴のような声でどきっとさせてくれるのです。“命をお金で買うてるんや”などと言いながら病と闘って、最後まで川柳人でした。

忘れたくない、「自身」の一行

干からびた君が好きだよ連れて行く

『ひよこ』(編集工房・円)収録。