地面スレスレでゆるゆると走るのがいいんです
小さな白いクルマをゆるゆると走らせ待ち合わせ場所にやってきた塚本晋也さん。到着するなり、「めったにないんです、映画以外の取材を受けるのは。僕、全然クルマに詳しくないのでお恥ずかしい限りなんですが」としきりに謙遜。「とにかくクルマをきれいにしなくちゃと、昨日、妻と一緒に掃除しましてね」
ご存じ、塚本さんは、クエンティン・タランティーノやギレルモ・デル・トロといった世界中のクリエイターやシネフィルを熱狂させる孤高のフィルムメーカー。そんな彼の愛車がローバーミニだと小誌が知ったのは、2023年公開された最新監督作『ほかげ』のインタビューを行った時。濃ゆい「塚本ワールド」とは好対照のクラシックミニで取材に現れ、ちょっと意表を突かれたのだ。
「僕がクルマを語るなんて、どの口が言うんだっていう(笑)。免許を取ったのは42歳の時でしたから、デビューが非常に遅いんです」
とはいえ、小学生の頃からクルマには憧れがあったと塚本さんは言う。「商業デザイナーだった父がえらいクルマ好きで、フォルクスワーゲンのビートルやカルマンギアなんかに乗ってましてね。その影響もあったと思います。18になったら免許を取って、友達と一緒にバンに乗って旅に出る、そんな計画もしてました」
しかし、次第に映画にのめり込み、8mmを撮るようになってからは小遣いやバイト代などお金はすべて自主製作映画に注ぎ込み、免許どころではなくなった。大学卒業後はCM制作会社に就職、「この業界に入って免許がないのはあり得ない」と上司から呆れられたが、「ずっと誰かの運転に頼りながらぬくぬくとやってました」と塚本さんは笑う。
「で、40代になりまして。42で子供ができ、同時に母の具合が悪くなって病院へ送り迎えをしなくちゃいけなくなった。これはクルマが必要だと。免許を取らなくちゃって」
なんにつけても小っちゃいものが好き
そして人生初のクルマに選んだのが日産のパイクカー、パオ。奇(く)しくも塚本さんのデビュー作『鉄男』が公開された年と同じ1989年式。
「水色のボディに白いハンドルにキャンバストップ。安くてボロボロでしたが、これはかわいい!開放感もある!一目惚れしたんです。でも、雨漏りはするわ、そのおかげでシートがいつも湿気を帯びてるわ、ぶつけられたこともありますし、パンクもしたし、もともとが事故車だったから車軸がブレていて、顔も斜めってて(笑)。
ありとあらゆるポンコツな出来事を経験して、大変だったぶん、愛着も非常に湧きました。7年乗ったんですが、子供の成長とともにいましたから10年くらい一緒だったように感じるんです」
最後は真っ黒い煙が出てきてしまい修理不能に陥ってジ・エンド。「うちのかわいいロボットちゃんがとうとう動かなくなっちゃった、そんな感じでした。レッカー車で引き取られたんですが、その前日、息子はパオの上に乗って連れていかないでって言いましてね。家族みんなでウルウルしながら見送ったんです」
その後の2台目は、BMW・ミニ。2009年式で幌の付いたコンバーチブルタイプ。ディーラーの試乗車を割安で購入することができたそう。
「当時僕は49。仕事も頑張らないとっていう気持ちが高まっていましたし、年相応のポンコツじゃないものに乗ろうと。ボディは濃い紺色で、幌の部分は焦げ茶色。カッコよかったんです。走りもぐいぐい小気味よく進みます。ただ、なんとなく居心地が悪かったんです。小っちゃい映画しか作ってないのに、やる気満々のクルマに乗ってることに罪悪感があるといいますか(笑)。
結局、神棚に飾ってる状態になっちゃいまして、パオよりも長く所有したのに接する濃度は薄かった。やっぱり窓は手でグルグル回して開ける方が自分の性に合ってるなって」
そして出会ったのが現在所有する1998年式のローバーミニ。クラシックミニでは最終型のモデルだ。「実は、古いミニに乗りたいという憧れが子供の頃からずっとあって。でも、自分には乗りこなせないと思っていたんです。父に“オマエには絶対無理だ”と言われていましたし、友人知人も“壊れたりするとやっかいだからやめといた方がいい”と。心折れました(笑)。でも僕も60歳。そろそろいいかなって」
完璧にレストアされたピカピカのものではなく、ドロドロになるまで使い倒せるものを探し、発見したのが白いローバーミニ。稀少車として人気の高いポール・スミス仕様だったが、「レア車だと気づいたのは購入後。専門店じゃなかったからか、とっても安かったんです。安くて程度がいい、それが決め手でした」。
一緒に暮らし始めて2024年で5年目。当初は本格的なミニを買うための練習用にと思ったが、今はできる限り長く一緒にいたいと思っている。
「ボロボロの野良猫を拾って愛着が湧くのと同じですよね。やっぱり小っちゃいのがいいんです。地面スレスレでゆるゆると、いろんなところへ行けるのがいい。というか、僕は何につけても小っちゃいのが好き。自分の映画のスタイルもそう。小っちゃい編成で小っちゃい規模で作ったものがどのくらい遠くまで飛ぶのか、そこにダイナミズムを感じるんです。クルマもそうだなって」