釣りは、罪深い行いなのか?イワナを中心に映画監督と写真家が考える

映画『ミルクの中のイワナ』は、未だ謎の生態であるイワナを追いかけ、研究者や漁協などの関係者への取材を通してその魅力に迫ると同時に、イワナを取り巻く諸問題を明らかにしていく。釣り人であることが作品を撮り始めるきっかけだったと語る監督の坂本麻人に、同じく釣り人であり、水辺の同人誌『OFF THE HOOK』を発行する写真家の平野太呂が話を聞いた。

photo: Eiri Motoyoshi(PORTRAIT) / text: Toshiya Muraoka

釣りは、罪深い行為なのか?

平野太呂(以下、平野)

不思議なタイトルだけを手がかりに観たんです。監督が釣り人だとも知らなかったから、釣り人を糾弾するような映画かもしれない、いつ批難されるんだろうと思って観てました。

そうしたら、終盤から風向きが良くなって(笑)、舞台挨拶では監督もプロデューサーも釣り人で、「釣りの帰りに企画が立ち上がった」みたいな話をしていてホッとしました。

坂本麻人(以下、坂本)

ありがとうございます(笑)。

カメラを構える監督の坂本と竿を出す写真家の平野
カメラを構える監督の坂本と竿を出す写真家の平野、多摩川にて。

平野

なぜ、批難されるかもしれないと思ったのか考えると、それは僕がいつも釣りをしながら罪悪感を抱えているからだと思う。どこかで、身勝手な行為をしているなって思ってたんです。

釣りが最高の行為で、みんながやったらいいって思っているわけではなく、魚に対して、あるいは環境に対して、いいのかな?と思いながら糸を垂れている。薄々感じていたことを再確認しつつ、でも肯定してもらった気がしています。

坂本

釣り人が作った映画だとあまり説明しないようにしていたのは、どうしてもバイアスがあると思っているからなんです。私が「釣り人です」と言ってしまったら、「結局、釣り人を擁護するための映画でしょう?」と、思われてしまうかもしれない。

実際、釣りに関わる部分は、かなり削りました。ただ、釣り人としては、魚との関わりがなくなってしまう未来ではなく、釣りを切り口として、魚や渓流との関わりを絶やさない未来がいいなと思っていて、それで映画の最後に、釣り人にできることがあるんじゃないか?という提言をしています。

川で釣りをする人
イワナは釣り人の好むターゲットだが、単なる釣りの映画ではない。

平野

今こそ、釣り人たちが動くべきではないか?そんな終わり方でした。

坂本

私も、こんなに自由勝手に釣りができなくなっていくのではないか?っていう不安をずっと抱いていたんですね。平野さんの罪悪感と同じです。

年々、その気持ちは強くなっていく。どこかで誰かが突破口を開くような環境がつくれないかと考えていて、そのためのツールとして映画を撮ったんです。

実際に試写会でも、半分以上の方がイワナなんて名前しか知らない、釣りもしたことがない人たちが来てくれて、社会問題のメタファーとしてイワナを置いて、いろんな解釈を持って観てくれたようで、すごくいいフィードバックをいただきました。

イワナを減らしたい人なんていない

平野

この映画の中では、漁協との関係や制度など、構造的な問題が取り上げられていて、それらは別の業界でも同時代の問題としてあり得ると思う。

坂本

そうなんです。これからの高齢化による社会問題が、すでに顕在化しているのが川の漁協さんだったんですね。漁協はもう70代、80代のおじいちゃんがほとんどだったりするから。

ただ、話してみると小学生のまま大人になったような、イワナが大好きな人たちばかりで、本当に話が止まらない(笑)。

でも養殖魚と天然魚が交雑することによって地域固有のDNAが薄れてしまう……みたいな話を理解してもらうのは少し難しい。

平野

養殖も、本来は魚を増やすためにやっているわけで、良かれと思ってやっていることを軌道修正するのはすごく難しい話ですよね。

坂本

彼らを否定するのは簡単で、多分そうする方がドラマになるんですね、誰かを悪者にした方が。

でも、いざ漁協さんと話をしたら、悪者になんてできないんですよ。イワナを大切にしている気持ちは僕らと変わらないですから。イワナを減らしたいと思っている人なんていないんです。

だから否定でも肯定でもなく、一緒に考えていくためにはどう編集したらいいんだろうってずっと悩んでました。

イワナ
イワナの眼差し。黄色みを帯びた魚体。

日本の渓流に棲む“獣”

平野

映画の中に登場する研究者の中に、「イワナは魚じゃなくて、獣に近い」と話していた方がいましたね。

坂本

「何を言ってるんだろう、この先生」と思いました(笑)。どこが獣なのか、確かめるために水中映像を撮りに北海道に行ったんです。でも潜るとすぐにわかる。

イワナは、逃げずに近寄ってくるんです。ヤマメは一瞬で逃げてしまうけど、イワナは逃げないで、こちらに興味を持って観察しに来るんですよ。

その東大の森田健太郎先生に、「釣り人は、魚と距離を置きますよね」って言われたんですね。確かに釣りがうまくなるほどに、魚に見つからないように釣ろうとするから距離を置く。森田先生は「僕たちは近づきたいんですよ、一歩でも」って言われたんです。

森田先生は、川中に潜るんですが、今回のロケでは僕も潜りながらイワナと水中の先生の姿を見て、美しいなと思いました。それ以降、昼間ならばあまり釣れない時間だしいいかなと思って、たまに潜っています。

朝に釣りをして、全然、釣れなくて、「この川には魚がいない!」と思って潜ってみたら、めちゃくちゃいる(笑)。

森田健太郎教授
川に潜って、観察する東大の森田健太郎教授。

平野

残念ながら(笑)。自分の釣りの答え合わせだ。

坂本

びっくりするくらい。釣れたのは3匹でも、潜ったら数百匹と出会える。どちらもいい経験なんです。今回は、魚や自然との関わり方を追求したい思いもあって、もちろん食べることもそうだし、僕の場合は釣り、潜ることもそう。

映画に音楽で関わってくれたアーティストは、フィールドレコーディングをよくする方で、マイクやレコーダーも魚に迫るツールかもしれない。あらゆる関わり方を模索したかったんですよね。

平野 

近所の川に息子と一緒に釣りに行っていると、ホームリバーのように思えてくるんですね。だから環境がいつも気にかかるというか、大事にしたい。

釣り人にも、あるいはそれ以上に漁協の人たちも、根底には同じ感覚があると思うんですよね。自分たちの川っていうか。

坂本

釣り人にとっては、きっと地方の川であっても、出会いによっては第二の故郷のような意識を持ちやすいと思うんです。海よりも遥かにそういう感覚を持てる。一部の漁協さんは、もっと開いていきたいと思っていて、でもやり方がわからないと。

僕はこの映画に関わったことで、漁協のメンバーにならないかってあちこちで言われる(笑)。

秋田で試写会をして、漁協の方にも観ていただいた時に、みんなシンプルな問いに立ち戻って「どうやったらイワナは増えるの?」って原点回帰して、議論をしながら朝まで飲んだんです。

その光景を見ながら、可能性はまだあるんじゃないかって。この人たちと、僕らのような釣り人はすごく近いモチベーションがある。

だからこそ、釣り人にできることを今こそ、始めるタイミングだと思うんです。これから先も釣りを続けていくためにも。

浮きを見つめる坂本麻人と平野太呂
浮子を見つめながら、未来について話す。

協力/川風のガーデン RIVERSIDE POINT