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流行写真通信 第25回:公文健太郎は日本の風景の尊さを写真にする

編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke / editorial cooperation: Aleksandra Priimak & Faustine Tobée for Gutenberg Orchestra

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「案山子(カカシ)になりたい。カカシは田んぼに立っているだけだけど、なんとなく田んぼを見ているでしょう。そういう存在になりたい」

と語るのは公文健太郎(くもん・けんたろう)。日本の農林水産業を題材としたドキュメンタリー写真で知られる彼が1月18日からMYDギャラリーにて建築家の山口誠と共同展「隣り合うマチエール」を開催(2月15日まで)。また年末12月にも新宿区揚場町のギャラリーRollで写真展「煙と水蒸気」を開いたばかり。さらにドキュメンタリーに限らず、〈無印良品〉などのコマーシャルワークの両方で注目を集める公文。今年は春に2冊もの写真集が発売になるという。驚くほどハイペースで作品を発表し続ける彼に話を伺った。

公文健太郎(撮影 : 柳原美咲)

公文が写真の魅力に目覚めたきっかけは高校時代のネパール旅行だという。

「写真を撮るみたいなことをしなくても身体で感じればいいじゃんという態度だったんですが、高校の時に同級生が住んでいたネパールに旅行に行ってみると、田園風景がすごく美しかったんです。僕が通っていた自由学園がネパールに植林の山を持っていたんです。そこで、自由学園の大学に進んで、4年間毎年ネパールの植林活動に参加し、そこからネパールの風景を撮影しようと、写真の世界に入っていくんですよ」

ネパール旅行を始める時に、父親からハーフサイズカメラのOLYMPUS PENをもらう。「僕はそれまで理系だから、カメラという理系の道具から写真にのめり込んでいって、大学の時に写真家になろうと決めたんです」

公文は知人の強烈な推薦もあり、早くも学生時代にネパールの写真をまとめて初個展を行う。

「自由学園は小さい学校なので、卒業して写真家になった人は少ないんですが、写真をやるならOBである写真家で本橋成一さんと赤木真二さん、その二人に挨拶をしなさいと先生たちから言われたんです。大学を卒業して本橋さんのところに通いながら彼を手伝ったり、暗室作業をやったりしたんです。今でも自分は本橋さんの弟子だと思っています」

本橋成一は『ナージャの村』『アレクセイと泉』などのドキュメンタリー作品で国際的に知られる写真家・映画監督。彼に「公文は写真が綺麗すぎる」と言われて、本橋の師匠のひとりである岡村昭彦が使ったライカM3を貸りて、「綺麗すぎない」写真が撮れるようになっていく。

シリーズ「光の地形」より 石川県七尾市

2011年、公文がブラジルに撮影で行った時に東日本大震災が起き、それが彼の転機となる。

「その時はいろんな雑誌の仕事もやっていたので、震災直後に東北の取材をしてくれと言われたんです。しかし行ったら全然撮れなかったんですよ。自分が撮るべきものはなんなのかもわからくなって、日本をちゃんと見てこなかったと気づいたんです。そもそも『自分とは何か?』すらわかっていないと。震災のことで改めて日本を知ろうということがきっかけになって、日本の農業を撮ってみようと、『耕す人』(平凡社、2016)のシリーズを撮り始めるんです」

なかでも農業を通して日本を表現しようと思った理由を公文はこう説明する。

「もともと農業を撮るつもりはなかったんですよ。日本の風景として当たり前になるからと。でもキヤノンの仕事で農業関係者を撮ったら、ものすごく絵になったんですよ!そこで日本人の気質が日本の風景をつくっているんだとわかりました」

しかし、日本の風景を撮り続けていても、公文は自分をドキュメンタリー写真家だと思っていない。

「僕は何の写真家なのかわからないですね。自分としてもあまりジャンルの分け隔てはない」
前述した建築家の山口誠とのコラボを含め、最近では建築やインテリアの仕事も増えている。「隣り合うマチエール」というテーマで公文とコラボしている山口は、公文をこう評価する。

「僕らのテーマは言い換えれば『似ているもののなかにある差が並置されていること』が日本庭園の構造となっているということです。ともすれば同じように見えてしまうことも多い日本の風景が、公文さんがそれまで撮られてきた作品では、その場所でしか見られない特有の魅力が、他の場所にはないそこにしかない差として映し出されていると感じたから。名庭といわれる日本庭園でも、それぞれの場所で経験して得る印象は異なっていても、写真ではどれも似たようなものに見えることが多く、そこにある差をしっかりと描ける人が公文さんだと思いました」

シリーズ「隣り合うマチエール」より 浜離宮恩賜公園 Photo by Kentaro Kumon(以下同)

2024年末に、今まで撮らなかったパーソナルな写真をまとめて、『煙と水蒸気』(COO BOOKS、2024)を展示、出版する。展示したギャラリーRollのギャラリストであり、編集を手がけた藤木洋介はその転換点をこう述べる。

「これまでの公文健太郎さんの作品制作のプロセスにおいて、先に作品のテーマ設定を行い、そのテーマに向かって撮影を行ってきましたが、『写真はもっと自由であってもよいのでは?』と公文さんと話している中で、彼が20代前半の頃に父からもらったフィルムカメラの存在を知り、とにかくそのカメラで1年間、自由に何にも縛られず、日常を撮り続けてくださいとお願いしました。決して明確な意図があったわけではなく、そのこと(プロセス)が結果的にパーソナルな作品になった、ということだと思います」

公文はその変化を語る。

「今まで扱ってきた題材は、自分の中ではものすごく尊いものを扱わせてもらっているんです。尊いと思っているものを撮っているので、やっぱりそこは美しく見せようと。それがパーソナルなものでも、同じように感じてきているのかもしれません」

公文の力強いドキュメンタルなイメージは、意外にも広告でも重宝されつつある。最近の〈無印良品〉との仕事は、公文スタイルを全く崩すことなく展開されている。

「アートディレクターの原研哉さんが『耕す人』を見て、無印良品の広告のことで声をかけてくれたんです。今、〈無印良品〉が取り組んでいる再生とか循環をテーマにした新しい旗艦店舗ができるので、そのビジュアルを手掛けていて、それが展開される予定です」

コマーシャルワークとアート作品は、公文にとって一致しているものなのだ。

「仕事の写真を一生懸命やると、実は作品の世界も広がるんです。両方が並行して進んでいるのが、心の健康にもいいと思うんですよ」

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