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流行写真通信 第24回:イギリス人監督がイマジナブルに描く写真家・深瀬昌久の伝説

編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke / editorial cooperation: Aleksandra Priimak & Faustine Tobée for Gutenberg Orchestra

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「日本人が僕の映画を見終わって、映画館を出た後に『まぁ、ガイジンが撮ったな』と思ってしまうのは嫌だね。そんな外国人が日本を描いたステレオタイプの映画は絶対作りたくなかったんだ」と笑いながら映画監督のマーク・ギル/Mark Gillは語る。

彼の新作映画『レイブンズ』は日本の写真家の深瀬昌久(ふかせまさひさ)の人生を題材とした仏日西白合作映画。浅野忠信を主演に迎えた本作は2024年に東京国際映画祭と紅海国際映画祭で上映され、オースティン映画祭で観客賞を受賞するなど、国際的に注目を集めている。

©️Mark Gill 2024

「まるで70年代にフィルム・カメラで撮影しているかのように映画を作ったんだ。カラーデザインは様々な日本映画を参考にして、Alexa 35というデジタル・シネマカメラで撮った。日本のプロデューサーは仕上がりを見て、昔の日本映画に似ていたからとても喜んでくれたよ」

しかし、イギリス人であるギルはそもそもどうして日本の写真家、それもカルトな認知しかない写真家について映画を撮ろうと思ったのか?ギルは深瀬との出会いをこう語る。

「石内都、森山大道、荒木経惟、東松照明、杉本博司など、いろんな日本の写真家を知っていたんだ。そして、2015年に英ガーディアン紙が深瀬の記事を掲載したのをたまたま読んだ。さらに同時期に「British Journal of Photography」がのちに『Ravens』として海外で知られる『鴉』(蒼穹舎、1986年)を過去25年間で最も重要な写真集に選出したんだ。深瀬の名前は聞いたことがなかったが、記事を読んだら『なんというラブストーリーだ!』と感銘を受けてリサーチをすぐに始めたんだよ」

ギルにとって、深瀬が他の写真家より際立っている点があった。

「他の写真家はずっと同じことをやっている。しかし、深瀬は写真の世界のビートルズのような存在なんだ。僕はローリング・ストーンズも大好きだけど、ストーンズは大体同じことをやっている。でも、ビートルズはいろんなスタイルを試してきただろう。深瀬もストリート写真からファッション写真、そしてアート写真も手掛けたからね」

ギルがリサーチを始めた当初は深瀬の情報を入手するのが困難だった。そこでギルは「深瀬昌久アーカイブス」のディレクター、トモ・コスガと連絡を取る。コスガはその時の経緯をこう語る。

「マークから深瀬の映画を作りたいという相談をもらったのが2016年のことでした。てっきり私はドキュメンタリー製作だとばかり思い込んでいましたが、話を聞いてみると、どうやら映画を作りたいらしい。今回の映画では突飛なアイデアやフィクションも大いに含まれていますが、すべてを事実に即して描こうとする必要はないかなとは受け止めています。今回の映画は、深瀬の謎を解き明かすものではなく、どちらかといえば深瀬の謎を膨らませる作りになっていると感じました」

しかし、深瀬の謎を作り上げるためにギルにはもう一人の協力が必要だった。それが浅野忠信だった。

映画『レイブンズ』より
©Vestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

「深瀬を知るいろんな人たちが『深瀬は静かなのに狂人だった』と言うんだ。浅野忠信もそうじゃないか?この役を実現できるのは浅野しかいなかった。Zoomで浅野と最初に話をした時に、彼が即座に『やるよ!』と引き受けてくれたんだ」

浅野はギルの期待を裏切らなかった。

「浅野をこまかく演出する必要がないんだ。演じることを彼に任せて、最終的にこれでいいかどうか判断するのは僕の仕事だった。現場では彼に驚かされたね。例えば、彼が父との喧嘩をするシーンでは、台本に書いてなかったワイルドな展開になって、シーンのダイナミックを劇的に変えたんだ」

もう一人、ギルの期待を超えた俳優は、深瀬のもうひとつの人格であるカラス人間=レイブンを演じたホセ・ルイス・フェラーだ。このカラス人間が深瀬の影の部分を二人羽織のように語るのが本作の見どころとなっている。

「ホセがどうこの難役を演じるか、撮影が始まるまで見当もつかなかった。幸いにして、彼は日本に住んでいたことがあって、日本の舞踏を勉強したこともあったんだよ」

このギルが映画のために創作したカラス人間が出てくるシーンを批判している批評家や観客の声もあるが、ギルは自分の選択をこう説明する。

「これは日本の能や歌舞伎へのオマージュなんだ。またCGによるキャラクターではなく撮影現場にリアルな俳優が欲しかった。苦悩する芸術家の問題を言葉で説明せずに、深瀬の内面を視覚的に表現する方法として考えたわけさ。このキャラは面白い試みだと信じている。僕の仕事は深瀬について映画を作ることだけではなく、人々を楽しませることも仕事の一部。気に入らなかった連中には阿呆だと言いたいね(笑)」

カラスのキャラクターについてコスガはこう付け加える。

「実在する(深瀬の元妻の)洋子さんからも映画に関して多くのアドバイスが提供されましたから、洋子さんによる深瀬の解釈を具現化した存在としても、あのカラスは理解することができるかもしれません」

その解釈はギル自身の解釈と近い。

「どんな人の心の中にもこのようなカラスは宿っているはずさ。だからこそ映画のタイトルは単数ではなく複数形の『レイブンズ」なんだ(笑)」

カラスのキャラクターのユニークな特徴は、浅野をはじめ日本人キャストは日本語で会話しているのに、彼が英語で話していることだ。監督は次のように理由を挙げる。

「深瀬はとても西洋で認められたくて、アメリカに憧れを持っていた。彼が若かった頃は、戦後アメリカが日本を占領した時期で、音楽までもアメリカの音楽が主流だった。だから、アメリカはかなりロマンチック化されていたんだと思う。カラスは深瀬の分身なので、そんな憧憬や葛藤を描いているんだ。現在は写真業界を除くと、深瀬は日本よりも海外で認められ、評価されている。この映画を通じて、日本での深瀬の捉え方も変えたいと思うね」

コスガはこの映画『レイブンズ』は深瀬の写真世界を説明するのではなく、逆に深瀬のミステリアスな世界に誘うものだと捉えている。

「今回の映画は、深瀬の謎を解き明かすものではなく、どちらかといえば深瀬の謎を膨らませる作りになっていると感じました。それが深瀬という写真家を知ることであり、常にそこから始まるべきだと思うんです。写真とはスルメである、とは深瀬の言葉ですが、今回の映画も噛めば噛むほど味わい深いことが随所にちりばめられているんです」

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