11月に代々木八幡のCONTRASTで行われたイギリス人写真家の展示を訪れて、驚いた。「まるで荒木だ!」と。800枚に及ぶポラロイド写真に加え、すべて日本の女性が被写体となったヌード。果たしてこのイギリス人=キャスパー・ケント/Casper Kentとは何者か?なぜ日本人ばっかりを撮っているのか?ゆっくり話を聞くことができた。
「欧米の人々は固定観念に囚われている。セックスはセックス、ジョークはジョークと分けようとする。だけど人生はそんな簡単なものではないだろう?日本のアーティストはそれを分かっている。だから僕は日本に夢中になったんだ」と彼は語る。
ケントが写真に興味を持ち始めた時から、彼は日本の写真に魅了され続ける。
「僕は若い頃からビジュアルなものに興味を持っていたんだ。10代に写真を撮り始めて、雑誌や写真集を集めることにも夢中になったね。そんなある日、日本の雑誌を買って、そこに紹介されている荒木経惟と出会ったんだ。そこから彼の写真集を追い求めるようになった。荒木の写真は欧米では見たことがないものだった。欧米では彼の写真は下品なものに思われているんだ。でも、僕はそう思わない。荒木の作品を見るたびに、そこに人生が見える。エロティシズムはもちろん入っているけれど、荒木の写真には、コメディも愛も感情も入っている。彼は史上最も多作な、史上最高の写真家だと思う。僕は写真家には2つの種類があると考えている。自らの経験や周囲で見たものを記録する写真家と自ら未知なものを発見したい写真家に分けられるのではと。荒木は自分が生まれ育った場所を記録して、日本をほぼ離れず、自分の経験に対して強い情熱を持っている。しかし僕は真逆なんだ。僕は自分が育ってきた時に知らなかったものを発見しようとしている。未知なるものに向かって、まるで炎に向かう蛾のように惹かれているんだよ」
そこからケントは荒木を筆頭に、篠山紀信やHIROMIXなどの日本の写真家たちや佐伯俊男や春川ナミオなどの日本のエロティック・アートに夢中になる。日本の写真のエロティシズムは、ケントが欧米で見つけられなかった自由を与える。
「大学でファインアートを勉強していたんだけど、その頃、題材として英国のアートにまったく興味がないことに気づいてしまったんだ。欧米は裸体やエロティカに対して偏見があるんだ。裸体は醜いもの、搾取的なものに見られてしまう。一方、日本ではエロティシズムを自己愛や快楽の象徴として、ポジティヴなものとして捉えている。日本の写真は欧米よりも自由だ」
2014年に初来日して以来、ケントはほぼ年に4回のペースで日本に訪れるほど日本にハマる。彼の最初の写真集『Sakura Lust』(KAWAKO PRESS 2019)は日本の旅館、ラブホテル、そして緊縛ヌードと日本的エロティシズムな題材が詰まっている。ラブホテルと旅館を背景にした理由は何か。
「今の時代は、生活の中にある神秘性みたいなものを、排除しなければという強迫観念に染まりがちだ。でも、現在も残る昭和の旅館やラブホテルは、時間が凍結された生きた美術館なんだ。これらの空間は信じられないほどエロティックでロマンティックで、そこを通ったカップルの思い出が刻まれていると思う」
昭和の美学を追求するケントはデジタルカメラを使わないと決めている。
「僕はずっとフィルムカメラを勉強してきたんだ。だから、デジタルカメラを使う方法がいまだにわからない(笑)。デジタルカメラや生成AIで創られるものは、僕にとっては魅力に感じられないんだ。後でいくらでも加工できるというのは、写真を撮る喜びや緊張感を失っていると思う。完璧な瞬間を感じることが大事なんだ。ポラロイド・フィルムは最も純粋な写真の形式だよ。僕はたくさんのポラロイド・フィルムを使うんだけど、日本に来る際にスーツケースはポラロイド・フィルムがぎっしり詰まっているから、入国も出国も大変。空港税関のX線検査は、ポラロイド・フィルムにダメージを与えるんだ。僕は税関スタッフにX線検査を通さないように強く希望するから、僕は税関のスタッフに嫌われるね(笑)」
キャスパーの新作写真集『Offline』(FRIEND EDITIONS/KAWAKO PRESS 2024)は現代社会から失われつつある秘められた世界を描こうとしている。
「インターネットが普及した現代社会には、“謎めいたこと”はほとんど残されていない。70年代に日本を訪れることはさぞや魅惑的な経験だっただろうね。しかし、今や仮に火星に行ったとしても、大体どんなものか既に分かってしまっている。現代の生活ではSNSが普及し、オンラインの世界は悲しいほどに現実を突きつける。そうなると、謎、エロティシズム、探検の喜びが人間の経験から消えつつあるんだ。だから、日本の旅館やラブホテルといった異空間に身を置くのは、オンラインに覆われた世界においてひとつの救いなんだ。僕の作品はそういう救いを求めているんだ」
今年イタリアのグループ展でケントを紹介したYAH Factoryギャラリーのアリス・トルティ・マギーはケントの西洋のパラダイムを超える力を強調する。
「今日の西洋のエロティック写真に対する見方は、それを依然としてタブーと見なす人々と、身体性の外観だけを称賛する人々とに分かれています。この形態のみを讃えるアプローチには、形だけでなく、被写体の文脈や感情を捉える写真のような力はないと思います。この点で、キャスパー・ケントの写真はすべての要素が感情を称えるために連携して機能するように作られており、偶然に任せることはありません。ケントの写真を観て、私はまずモデルの考えや感情に心を打たれ、その後で彼女たちの体の美しさに気がつくんです。エロティシズムがさまざまな形で表現できることを考えると、キャスパー・ケントが今後どのような新しい地平を開拓していくのか、とても興味があります」
ケントにとって日本の女性たちとの親密な撮影は「人生の意味」を見つけ出す行為だという。
「旅館で二人きりになって撮影するとき、お互いに心を開いて、本当によく話をするんだ。彼女たちは、僕と同じように、人生の意味を探している。充実感を得られる何かを探している。そしてひたすらに『美しさ』を求めているんだ。僕は写真を通して、そのような人生の喜びを捉えたいと思っているんだよ」
今月の流行写真 TOP10
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10:“What it feels like for a girl” by Moni Haworth for DAZED&CONFUSED Vol.5 2024
写真集も好評のモニ・ハワースが描く独特な不安感に満ちたファッション。ダウナーな背景のセレクトが抜群。 -
9:山谷佑介『ONSEN MMXXIV』(flotsam books)
山谷の温泉シリーズが一冊に。SNSを通して集まった被写体たちとの裸のユートピア。 -
8:瀧本幹也「LUMIÈRE / PRIÈRE」@代官山ヒルサイドフォーラム
植物の小宇宙を捉えた「LUMIÈRE」、京都の寺院を巡った「PRIÈRE」の出版記念展。微小ながらもコスモスを感じる世界。
https://hillsideterrace.com/events/15159/ -
7:Anne Hathaway by Quentin De Briey for VOGUE France Nov.2024
アン・ハサウェイのプロポーションの良さを活かした仏ヴォーグならではのモード感。 -
6:『アプレンティス ドナルド・プランプの創り方』監督:アリ・アッバシ
ドナルド・トランプの若き時代を描いた問題作は、完璧な1970年代感の演出が見事。トランプの人格形成もよくわかる怪作。 -
5:Monica Bellucci by Tim Burton for VOGUE ITALIA Oct.2024
映画監督ティム・バートン撮影による現在の恋人モニカ・ベルッチのカバー・ストーリーはやはりのゴス・ワールド。 -
4:『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』監督:ペドロ・アルモドバル
ベネチア金獅子賞のアルモドバル最新作は余命宣告を受けた女性の最後の日々を描く。彼ならではの美意識が光るが話はおセンチ過ぎかと。 -
3:Mali Marciano &Mark Borthwick “Silk Road”(Le KASHA&ofr.Paris)
仏ブランド、ル・カシャのデザイナーとマーク・ボスウィックの共著によるシルクロードの旅の記録は濃厚な幻惑的ボスウィック・ワールド。 -
2:Kaia Gerber by Steven Meisel for VOGUE US Dec.2024
スティーヴン・マイゼルが米ヴォーグに完全復活?マーク・ジェイコブスがゲスト編集長号でのカイア・ガーバーをモデルにさすがのモード感。 -
1:“Aftermath~” by Alasdair McLellan for ARENA HOMME plus W/S 2025
アレスデア・マクレランによる100ページを超えるビデオゲームとゲイ美学の斬新な融合。