「ヴィジョンが降りてくるんです」と遠藤文香(えんどう あやか)は自分の写真について語る。ストロボの光を浴びて発光する動物たち、不穏な雲や波、まるでCGのように非現実的な輝きを見せる鉱石、遠藤がライティングや入念なレタッチを施して仕上げる写真は、現実を撮りながらもアナザーワールドを垣間見せる。
最近は『ヴォーグ・ジャパン』などでファッション写真も精力的に発表し、そこでも遠藤ヴィジョンは強烈な一貫性を示している。
7月19日〜8月4日に六本木のギャラリー「Post-Fake」にて、中野泰輔と二人で組んだユニット「Nihki」の展覧会「SPIRAL DANCE」展を行い、同時に同名写真集を出版した遠藤は、この秋にロンドンに移住する。アート領域からもファッション領域からも高い注目を集める彼女の次なる展望を伺った。
実は遠藤は東京藝術大学大学院卒という、写真家としては珍しい学歴の持ち主だ。
「絵は小さい時からうまかったので絵の勉強は頑張って、東京藝術大学大学院美術学部デザイン科に入りました。でもデザインがやりたかったわけではないんです。デザイン科が一番いろんなジャンルが勉強できると聞いてましたから、写真も映像も絵も立体も何でもやってみたかったからなんです。実はその中にデザインは入っていなかったんですが(笑)」
藝大在学中にデザインの仕事にも関わるようになる。
「頑張って作ってもクライアントの指示で修正で崩されたりしますから、デザインはやっぱり表現ではないなと。『卒業してから毎日こんな作業を続けていくのは無理だ』と」将来に対して不安を抱いた遠藤は写真を撮り続ける。
「写真は小さい頃から撮っていて、好きだからこそ仕事にしたくないなと、あくまで自分のために撮ってましたね。藝大の授業の一環でアートディレクターの田中義久さんによるアートブック・フェアのサイン計画に参加したんです。田中さんは写真集のデザインを多く手がけているので、写真をまとめて見せたら、『本を作ってあげる』と言われたんです。それからちゃんと写真と向き合ってみたいと思って休学しました。そういう時間があったからこそ、写真の卒業制作ができたんです」
大学院の卒業制作作品として2021年に発表した「Kamuy Mosir」は様々な偶然——運も不運も——が重なり大きな注目を集める。
「制作開始の時期が2020年なので、コロナ禍でどこにも行けなくなり、人にも会えなくなり、鬱で死にたい気持ちが続いていました。部屋に閉じ込められた超無力な自分が社会の檻から出られなくて、自分を家畜と重ね合わせたんだと思います。とにかく自然と動物を撮らなきゃと感じて、突然北海道に行きました。その場所に導かれたという感覚でしたね。
コロナ不況でデザインの仕事が全てなくなって、卒業制作もお金もかかって、口座の残高が1万円を切って、このままホームレスになっちゃうかもと思った時に、卒業制作の展示会に遠山正道さん(元スープストックトーキョー代表取締役/現チェーンミュージアム代表取締役)が会場に来て、私の卒制の作品を全部買ってくれたんです」
その瞬間から遠藤のキャリアが急上昇する。
「その後、遠山さんが企画をやったKITTE丸の内の私の作品展に信じられないくらい人が来たんです。特にファッション関係の人が。そこからファッション系の仕事が来るようになって、卒業してからフリーでなんとか生き延びられています」
ファッション写真を撮るとは依頼が来るまで想像もしなかったという。
「大学院の時に、グラフィックデザイナーの松下計先生の紹介で、ファッションデザイナーでcoconogaccoを主宰する山縣良和さんと共同プロジェクトをいくつかやりましたが、ファッションに詳しくはありませんでした。ファッション写真を見るのは大好きで、ヴィヴィアン・サッセンとハーレー・ウィアーはかなり好きで少し影響も受けていると思います」
「SPIRAL DANCE」展では、遠藤は再び自然のテーマに舞い戻る。
「『SPIRAL DANCE』は、スターホークによって書かれた本のタイトル(※日本版タイトルは『聖魔女術』国書刊行会)で、魔女の儀式の踊りの名前です。その魔女は自然と地球は神聖だと説いてます。今回、私たちは題材を見たままに撮るというより、上からヴィジョンを降ろして作っていく感じでしたね」
「ヴィジョンを降ろす」というコンセプトが遠藤の中で中心的な手法となっている。
「私は撮っているときに没入するんですよ。一種のトランス状態というか。撮影中は時間も音とかも消えて、自己も消えて、世界と一体となる感覚なんです。魔女とかシャーマンはそういう状態でヴィジョンを降ろすように、私も写真撮影に非現実的なものを見ているんです」
遠藤の作品集『Swaying Flowers』(roshin books)に寄稿している写真研究者で著書『アートとフェミニズムは誰のもの?』でも知られる村上由鶴は遠藤の写真をこう評する。
「遠藤さんの写真の新しさは実際にプリントを見たときに写真自体が(比喩ではなく)発光して見えるところにあるのではないでしょうか。プリントなのに、ライトボックスに入っている写真のようです。カメラと一体化して『自分にはこう見えていた』というヴィジョンを降霊の儀式のようにイメージに降ろす作家性と、発光するようなトーンがぴったり合致していると思います」
遠藤はこれから新しい表現を求めて、9月からロンドンに移住するという。
「この手法にとらわれている気もするから、もうちょっといろいろやってみたい。絵も再び描きたいと思っています。表現やメディウムの幅を広げたい気持ちがありますね。私にとって、写真も絵も同じ創作するものだと思ってます」
ロンドンに移り住む遠藤文香にどのようなヴィジョンが降りてくるのか。村上由鶴はこのように期待する。
「現在の遠藤さんの写真がもつトーンが徐々に変成していくことや、あるいは全く新しい色の美学が発明されることにも期待しています。どんなヴィジョンを見せてくれるのか、楽しみです」
今月の流行写真 TOP10
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10:『憐れみの3章』監督:ヨルゴス・ランティモス
『哀れなるものたち』で世界の映画祭を席巻したランティモスの新作は、前作の反動のように反・物語的怪作。部分的には面白いが話に説得力がなさすぎ。 -
9:「LOUIS VUITTON dreaming of a mermaid」by田中雅也 for GINZA Sep.2024
定常光による強いラインティングとピントがぼやけた描写のコントラストが新鮮。光学の原理に逆らうイメージ。 -
8:『エイリアン:ロムルス』監督:フェデ・アルバレス
『エイリアン』シリーズ最新作は第1作の後日譚。かなり第1作に寄せて作ってあるが、その分新しい趣向はなく、よくできたマンネリ。 -
7:“Go Gigi!” by Bardia Zeinali for VOGUE FRANCE June/July 2024
仏ヴォーグはパリ五輪特集号。なぜかしらモデルはジジ・ハディッドであまり仏ヴォーグの良さが出てない。 -
6:志賀理江子 for 写真/Sha Shin magazine Vol.6「GHOST」
横浜トリエンナーレの話題をさらった志賀の作品&テキストを誌面に収録。志賀はアートとジャーナリズムの交差点に屹立する。 -
5:Jill biden by Norman Jean Roy for VOGUE US July 2024
バイデン大統領夫人ジルのカバー・ストーリーはバイデンの選挙戦撤退で歴史的勇足の表紙に。これも雑誌の面白さ。 -
4:『フォールガイ』監督:デヴィッド・リーチ
スタントマン出身の監督によるスタントマン讃歌。アクション映画という命懸けの嘘をつくる者の気概を感じる。 -
3:Lisa Fonssagrives-Penn “Fashion Icon”(SKIRA)
1940~50年代の『ヴォーグ』と『ハーパース・バザー』を代表するスーパーモデル、リサ・フォンサグリーヴスの集大成本。もちろん夫のアーヴィング・ペンによる写真も掲載。 -
2: 都築響一『TOKYO STYLE』(Apartamento)
1993年刊行の普及の名作がアパルタメントから復刊。東京のリアルを大型カメラで捉えた「部屋ヌード」。 -
1:『シビル・ウォー アメリカ最後の日』監督:アレックス・ガーランド
米大統領派と反大統領派の内戦を英国監督ならではの超客観性で描く。映画の嘘くささがない、明日の現実のようなリアリズム。