「私の写真はロシアの人々を怖がらせているみたい。常に検索されている時代だから、皆が恐怖心を抱いているでしょう。私と関わることは危ないことと思われているのよ」
そう語るのは、今年に入って2つの写真集、『The Bliss of Girlhood』(ZONE)と『Dear My Friends』(韓国の出版社BOCBOK)を出して注目を集めるロシアの女性写真家クリスティーナ・ロシュコヴァ/Kristina Rozhkova。
彼女はロシア第2の都市サンクトペテルブルクからZoomで私たちの取材に語ってくれた。ロシュコヴァがサンクトペテルブルクの写真のアカデミー「Fotografika」在学中に東ヨーロッパのカルチャーを伝えるウェブマガジン『Calvert Journal』とラトヴィアの写真雑誌『FK Magazine』の編集者に評価され、この2誌に写真を掲載すると『i-D』『ヴォーグ』の国際的新人写真家紹介プロジェクト『PhotoVogue』といった欧米メディアから次々と問い合わせが来て、大きく紹介されるようになる。
「初めて写真集を作ろうと思った時にはすでに3~4件のオファーがあって、好きに選べることができたんです」
最初の本『The Bliss〜』を作り始めた時、ロシュコヴァは全くもって写真の素人だったという。
「実はもともと写真をやろうと思っていたわけではないんです。『The Bliss〜』を撮り始めた時も明確な目的があったわけでもない。知人からカメラを渡されて『写真を撮りなさい!』と言われて始まったんです。でも、そこから写真の世界に引き込まれたんです。私は大学の哲学科で学んで抽象的な概念を追求する世界にいたので、概念を現実の形に実践する機会がなかったんです。だから写真の即時性、すぐに結果を出す機能に興奮したんですね。瞬間を捉えて、人生を捉えて、そして美を保存する。写真は瞬間のエッセンスのタイムカプセルだと思いました」
しかし、写真に対する知識が不足していると言いつつも、ロシュコヴァは映画に関する膨大な知識を持っている。
「私はアート映画の大ファンなんです。学生時代にピエル・パオロ・パゾリーニ作品におけるギリシャ悲劇について研究し、アンリ・カルティエ=ブレッソン、アンドレイ・タルコフスキー、イングマール・ベルイマンとカール・テオドア・ドライヤーも大好きでした。日本の黒澤明、溝口健二、勅使河原宏も好き。『The Bliss〜』に最も大きな影響を与えたのはソフィア・コッポラの『ヴァージン・スーサイズ』、ジョエル・セリアの『小さな悪の華』、ベルイマンの『処女の泉』です。ヤロミル・イレシュの『闇のバイブル 聖少女の詩』も好きで、超現実的な世界に夢中になりましたね」
9歳から12歳までの女の子を被写体にした『The Bliss〜』はそれら映画の影響を繊細に表現している。
「この写真集の世界は2つの鏡の間にある2重の世界。その間に人間は均衡をとっています。だから写真集の中に体操のポーズがよく出てくるんです。少女たちの場合、将来に優しさの方に落ちるか攻撃性の方に落ちるか、どちらもありえますから」
ロシア社会には物議を醸すテーマもある。それはLGBTQだ。2013年、ロシア政府が同性愛宣伝禁止法を可決したのだ。
「ロシアには検閲の問題があります。私はLGBTQのテーマに集中しているわけでもないけど、そういう作品もある。だから写真集を出しにくいんです。レイアウトを自分で作っても、ロシアの印刷所で断られるんです。何度も『あなたの作品を展示するのは怖い』と言われました。最近も展示があったのにほとんど出品できない。結局イチゴとシャボン玉の写真しか展示できなかった。今のロシアでは私の作品は去勢され、芯が抜けた形でしか展示できないんです」
ZONEのキュレーターの紹介でロシュコヴァを知ったという英キュレーターのクリスティン・セルキアはロシュコヴァを2013年1月に自らのギャラリー「SERCHIA」に招き個展を行っている。セルキアはその個展のことをこう語る。
「作品はすべての来場者の心に響きました。特に女性に。ロシュコヴァは暗闇を光に変えます。彼女は私たちが毎日目にするものを取り上げ、それを刺激的で中毒性のあるものにします。ロシュコヴァは困難な状況に置かれていますが、私たちが違いを理解し、できれば衝突を防ぎ、私たちを人間らしくするものをより深く理解し、受け入れることが重要だと思います」
ロシュコヴァのインタビューを『i-D Italy』に掲載したジャーナリストのマルコ・フラッタルオロに話を聞くと、その記事に多くの批判があったという。
「掲載した途端に親ウクライナ派の人たちから『ロシアの協力者だ!』と非難するコメントが殺到しました。この批判はバカげています。親欧米派ロシア人アーティストの新世代は、戦争下の困難な状況に対処しなければならず、偏見に苦しまなければならず、作品の発表の機会も失われています。私は芸術とは文化的障壁を排除する手段だと信じています」
今、ロシュコヴァは亡命を考えている。
「海外に亡命しないとアーティストとして成長できません。日本の文化が大好きで日本に亡命できると嬉しいけれど、日本に亡命するのは難しいと思うので、アメリカとアルゼンチンも検討しています。ウクライナ戦争が始まった頃、世界の誰もロシアのクリエイターに仕事を依頼したくなかった。でも今は違います。最近イタリアに誘われたし、韓国でも写真集を出したし、ドイツの展示にも誘われています。アートを理解している人は国籍を気にしません。私たちロシアの若いアーティストは人質です。ロシアのアーティストは、この戦争の人質になっているんです」
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