Watch

Watch

見る

流行写真通信 第12回:荒木悠はディスコミュニケーションを映像に昇華する

編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke

連載一覧へ

「私の存在自体がエラーみたいな」とアーティストの荒木悠(あらき ゆう)は笑う。

荒木は東京都写真美術館で毎年開催される「恵比寿映像祭」の今年(2月2日〜18日)のプログラムにて彼の作品が展示され、また十和田市現代美術館でも昨年の12月9日から現在も個展が開催中であるなど、注目のアーティスト。

荒木は日本人のKISSのコピーバンドの音なし映像、十和田市に住む外国語指導助手のインタビュー映像、外国人による正座体験映像など、誤解や誤訳をユーモラスに描いた映像作品を次々と発表している。

荒木悠《仮面の正体(海賊盤)》(2023年)、恵比寿映像祭2023「テクノロジー?」展示より。撮影:井上佐由紀 ©Yu Araki, Courtesy of Tokyo Photographic Art Museum 

荒木の作風は彼の生い立ちと密接につながっている。3歳時に親と一緒にアメリカに引っ越したことで、自らのアイデンティティを疑い始めるのだ。

子供時代から漫画家になりたかった荒木は、漫画の絵を描くことに夢中になる。しかし、漫画の物語を作れないと諦め、次は絵の作品に集中するように。米国の高校から大学でアートを学び、そのスキルは帰国して東京藝術大学大学院映像研究科に入ると生かされる。

「映像の編集は意識的にイメージとイメージの関連性を考えてつないでいます。彫刻がさまざまな側面を見せることができるように、僕の場合は自分の中にある技や経験を駆使して、イメージや記号の両儀性であったり、またはその揺らぎを見せようと考えています」

荒木悠のポートレイト。撮影:黑田菜月

アメリカと日本の二文化経験を得た荒木は作品制作と並行して、言語と翻訳を深く考える中で通訳の仕事も行うように。その経験が彼の中でディスコミュニケーションという大きなテーマにつながっていく。人生で最初の大きなディスコミュニケーション体験は、自分の名前がもたらすものだった。

「アメリカに最初に渡った時に、全く英語も日本語もわからない中でアメリカ人の先生が本の読み聞かせの時間に、突然『You』と言ったんです。僕の名前は『悠』ですから、本の一文だったけれど自分の名前を呼ばれたと勘違いして僕は即座に起立したんですね。すると周りの子たちが笑い出して、すごく恥ずかしかった記憶があります。英語圏では『you』は代名詞なので、自分の名前でありつつ他の誰かにもなりえる言葉なんですね」

荒木はそのアイデンティティの悩みを自分の強みに作り替える。

「以前、韓国人の友達から『いい名前ですね』と言われて、「なぜ?」と答えたら、「ユー・アラキ=You are lucky」と言われたんです。「あ、本当だ!」と思った以降、割と気に入っています。今までの名前を巡るディスコミュニケーションが、実はラッキーだったのではと思えるようになりました」

その事件が荒木の言葉遊びの原点になり、今までインスピレーションを与えることになる。

「ディスコミュニケーションや誤訳というのは、本来結びつきえないもの同士が結ばれることですよね。そこにものすごく可能性を感じたんです。だから、ポーラ美術館の『Connections』展に出品した『密月旅行』では『星座』と『正座』のダジャレをモチーフにしたんです。ダジャレは実は意味を飛躍させる遊びです。同じ日本語を話している者同士でも意味が通じないことが起きますよね。ディスコミュニケーションは、言語の問題ではなくて、波長の問題でもあると思うんです」

荒木悠《密月旅行》、2020年、映像スチル ©Yu Araki, courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

また「見たことのないもの」をつくる姿勢を藝大大学院で学ぶ。

「先生方にいつも『見たことがないものを作りなさい』と言われてきました。見たことがないものはなんだろうと四苦八苦して考えたら、胃が痛くなった。そこで、自分の体の中を見たことがないなと。それで胃カメラを使った作品を作ったんです。胃の中までカメラが入っていくと、そこに小さなプラスティック製の人形が座っているという作品です。初めて、自分の想像を超えるものができたと手応えを感じ、発表後に作品として次第に認知されるようになったんです。いわば、自分の体を拡張して映画のセットにしたわけですね」

荒木悠《Deep Search (digested version)》、2009年、映像スチル ©Yu Araki, courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

東京都写真美術館の学芸員、田坂博子は荒木を「観察者の視点をいかに表現するかに荒木さんのオリジナリティがある」と評する。

「映像をイメージの問題ととらえるならば、情報過多であればあるほど、物理的な映画や写真、アートとエンターテインメントといったカテゴリーを超えて、人間とイメージの問題を深く探求する価値は重要になってくると思います。荒木さんには、そのようなジャンルを超えた場所でも、その眼差しをゆるめることなく、野心的にイメージの問題を深めていく作品を生み出してほしいと期待しています」

荒木悠《Reliquarium》、〈Bivalvia〉より。2017年 ©Yu Araki, courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

今回、恵比寿映像祭で上映するアイスランドで撮ったロードムービーも世界を「誤訳」する内容だ。

「僕は旅行に行くとその土地の食べ物を味わうことを非常に楽しみにしているんです。でもアイスランドの郊外に行くと、超アメリカンなダイナーしかなかった。ハンバーガーが25種類もあって、全てアメリカの国道ルート66の地名が付けられているんです。その時にルート66に関するロードムービーを作ろうとひらめいたんです。架空のロードムービーで、しかもアメリカにはない嘘のアメリカを描こうと」

荒⽊悠《Road Movie》2014 年/15 分42 秒 ©Yu Araki, courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

荒木の次のステージは映画だという。

「劇映画をやるのは夢ですね。アカデミー賞欲しさでこけし職人に木彫りのオスカー像の作品を作ってもらったくらいですから(笑)。大きな物語を作るのは憧れですけど、そこは自分なりの方法でやっていきたいです」

荒木悠《SWEET ROOM #08》、2022年 ©Yu Araki, courtesy of the artist and MUJIN-TO Production

今月の流行写真 TOP10

連載一覧へ