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流行写真通信 第11回:クラバーからパレスチナまで、ニック・ワプリントンは世界を再提案する

編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke

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「僕はドキュメンタリー写真の領域を拡張しつづけていると自負しているよ」と語るのはニック・ワプリントン/Nick Waplington。NYの自宅からくつろいだ感じでズーム取材に答えてくれた彼は、つい先日、集大成的な写真集、その名も『Comprehensive』(コンプレヘンシヴ=包括的。発行元:ファイドン)という416ページに及ぶ大著を出したばかり。

ニック・ワプリントンのセルフ・ポートレイト
ニック・ワプリントンのセルフ・ポートレイト/ “Nick Waplington in the solstice light December 2023”

この本でワプリントンは、自分の家族からNYのクラバーたち、パレスチナのヨルダン川西岸の人々、LAのサーファーたちの暴動まで、かなり異なる題材を驚異的なクオリティの写真に仕上げて提示する。

「僕は新しいことに挑むことが好きなんだ。だからいくつもの新しい方向に挑んでいる。『不可能なことはない』というのがモットーだね」

ニック・ワプリントン写真集『Comprehensive』(Phaidon)
ニック・ワプリントン写真集『Comprehensive』(Phaidon)

ワプリントンが写真を撮るきっかけはパンクロックとの出会いだという。

「パンクが出てきた時は興奮して、ライブハウスに行くようになったんだ。そしてカメラでパンク・シーンを記録していけたら、このシーンの一部になれるのではと思ったんだよ」

ライブに通うようになって、彼はザ・クラッシュのミック・ジョーンズと友達になり、当時のジョーンズの彼女ペニー・スミスとも親しくなる。スミスはロック・ファンには説明不要のミュージシャンのポートレイトで知られる写真家だ。このカップルがワプリントンの新しい世界に導いてくれた。

「あれが僕にとってカルチャーに深入りする入り口だったと思うね」

ワプリントンはノッティンガム大学、そしてロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学し、写真を学ぶ。

「大学に入った頃には、僕はもう十分に写真の技術を身につけていたんだ。自画自賛じゃないけど、とても学生とは思えないクオリティの写真を撮れるようになっていた。まったく子供っぽくない写真だね」

しかし彼の前に一つの壁が立ち塞がる。アートの写真をやるか、商業的写真をやるかという選択だ。

「大学時代には、アートの写真のマーケットはほとんどない状態だった。でも商業写真はやりたくない。それは問題だったね」

彼は手始めに自分の家族を撮り始める。家族の写真を撮る人は世の中に大勢いるが、ワプリントンが他と違うのは美術館の展示クオリティの写真を最初から撮っていたということだ。

「僕は当時から中判カメラで撮っていて、中でもフジの6×9のカメラを愛用しているんだ。室内で撮る時はいつもメッツ社のストロボを付けて撮っているから鮮明に写るんだよ。今は中判か大判の8×10カメラが多いね。最近はソニーのデジタルカメラを使うこともあるけれど、この本の写真はすべてフィルムで撮られているんだ。ここで教訓をひとつ。『いいクオリティの機材は、写真を必ず良くする』(笑)」

この家族のドキュメント「Living Room」はすぐに注目を集め、写真集にもなる。

"Untitlled. Living Room, 1986-90"©️Nick Waplington

「僕の写真はアートか、ドキュメンタリーかとよく尋ねられるんだけど、僕は『写真は写真だ』と答えるようにしている。さらに言うとアート写真だと思って撮っている。では『アート写真とは何か?』ということになるのだけれど、僕はアートとは純粋さだと考える。お金のためじゃなくてね。それは僕なりのパンク精神だね」

身近な家族から始まり、クラバー、サーファー、パレスチナの人々など、題材は変われどワプリントンの目線は変わらない。

“The limelight 1993, from the series New York Clubs 1990-1995” ©️Nick Waplington
“The limelight 1993, from the series New York Clubs 1990-1995” ©️Nick Waplington

「僕は常に自分が関わっている人々を撮っているんだ。NYのクラバーを撮っている時は自分もクラバーだったし、パレスチナの人々を撮っている時は、自分もエルサレムに一年住んで撮っていたんだ」

現在ガザ地区の悲惨な戦闘がニュースで報じられる毎日だが、ワプリントンはパレスチナの和平に希望を捨てていない。

「僕はユダヤの血を引いている。そしてパレスチナに住むユダヤ人にもパレスチナ人にも友達がいる。僕がエルサレムに住んでいた時は、お互いにとても平和だった。僕がいた時期は一人も殺されたりしなかった。そんな一年が続いたのだから、そんな状態を続ければいい。それは可能だよ。必ずパレスチナの人々は平和に穏やかに生きていけると僕は信じているんだ」

“The Photographer Stripped Bare By His Subjects, Even 1997 from the work Safety In Numbers” ©️Nick Waplington
“The Photographer Stripped Bare By His Subjects, Even 1997 from the work Safety In Numbers” ©️Nick Waplington
※ニック・ワプリントンから読者の方々へのお願い:本作品は1997年に東京の公園で展示され、日本人の歯医者の方に購入されたもので現在、所在不明。情報をお持ちの方は、sugatsuketeam@gmail.comにご連絡ください。

ロンドンのテート・モダンをはじめ、世界各地の美術館で個展をやるほどの評価を得ているワプリントンについて、パリのヨーロッパ写真美術館のディレクターであるサイモン・ベイカーは本の巻頭言でワプリントンをこう評している。

「彼の作品はそれぞれかなり違うものでありながらも、見ること、思考すること、再考することの証拠の断片を示し、世界の現実と再提案を等しく見せてくれる」

“Untitled. Weddings, Parties, Anything, 1990-4” ©️Nick Waplington
“Untitled. Weddings, Parties, Anything, 1990-4” ©️Nick Waplington

現在、写真の未来について悲観的な言説が飛び交っているが、ワプリントンはそれに与しない。

「写真は誰もが撮る時代だから、プロの写真家は新しい道を見つけるために、今まで以上に努力しないといけない。多くの写真家は今までに見たことがあるような写真を撮っていて、新しいことにトライしている人が少ないね。でも、僕は心配してないよ。僕は全然大丈夫だから(笑)」

“West Bank Settler Family, Tekoa C Settlement” ©️Nick Waplington
“West Bank Settler Family, Tekoa C Settlement” ©️Nick Waplington

この大著を出して、プロモーションのためにロサンゼルスやニューヨークでサイン会などを精力的に行うワプリントンだが「この本は新たな始まりだ」という。

「僕は今も若い初心者のつもりなんだ。写真を撮ることの興奮を失ったことは一度もないし、毎日朝起きて『ワォ、僕はこれができる、あれができるぞ』と思っているんだよ。カメラを持って様々な場所に訪れ、違うことを発見する。それは素晴らしいことだと思うよ」

“The Cave, Solstice Night 2018” ©️Nick Waplington
“The Cave, Solstice Night 2018” ©️Nick Waplington

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