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流行写真通信 第7回:タイムマシーンとしての写真を操る杉本博司が予感する文明の最終局面

雑誌「COMMERCIAL PHOTO」でシリーズ133回を数えた長期連載が、BRUTUS.jpにお引っ越ししてきました。編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。人気企画「今月の流行写真TOP10」も継続。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke

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「今回の展示は、写真とは付かず離れずというか、だいぶ離れてますね」と笑うのは杉本博司。現代美術シーンにおける写真作家として国際的な評価とオークションにおける高額な値付けで知られる彼の東京での久々の展覧会が9月16日より渋谷区立松濤美術館で行われる。

杉本博司のポートレイト。Photo by 森山雅智
杉本博司のポートレイト。Photo by 森山雅智

タイトルは「杉本博司 本歌取り 東下り」。これは去年、姫路市立美術館で行われた彼の展覧会「本歌取り」の流れを汲むもの。姫路「本歌取り」展は写真作品のみならず、彼の手による書、彼がコレクションする骨董なども一堂に展示した写真作家の範疇を超えた内容だった。

松濤の展示も写真作品だけでなく、印画紙に現像液または定着液で描かれた書、ネガ・ポジ法を発明した写真黎明期のウィリアム・タルボットの古いネガから杉本がプリントを起こしたもの、鎌倉時代の骨董に杉本の写真を組み合わせたものなど、多様な作品が展示される。

本歌取りとは、和歌の作成技法で、有名な古歌(本歌)の一部を意識的に自作に取り入れ、そのうえに新たな時代精神やオリジナリティを加味して歌を作る手法。杉本は写真自体が「本歌取り」だという。ゼロから創り出すものではないと。さらに杉本は「本歌取り」を美術史の中で意識的に行ったアーティストとしてマルセル・デュシャンの「レディメイド」作品を挙げる。

「オリジナリティという概念は、個人主義から来ています。個人の精神の中に宿るもの、それがオリジナリティだと。でも僕は西洋のオリジナリティ崇拝を疑った方がいいのではないかと思うのです。本歌取りのように、いかがわしいものが後に崇高になることが多々ある。デュシャンもそう。それなら私は戦略的にいかがわしい感を漂わせようと(笑)」

今回の展示では葛飾北斎の「赤富士」と同じ画角で捉えた富士山の巨大なランドスケープ作品も初お目見えとなる。この撮影にあたっては杉本十八番の8×10カメラではなく、最新のデジタルカメラを使用したという。「デジタルカメラの技術が非常に進んで、使うようになったんですね。さすがに8×10をかついで標高1500メートルまで登るのは辛い(笑)」

杉本博司 《富士山図屏風》 2023年 ピグメント・プリント 作家蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司 《富士山図屏風》 2023年 ピグメント・プリント 作家蔵 ©Hiroshi Sugimoto

杉本は自身を「最後の写真家」と自嘲気味に語る。「私は職人としての意識が昔からあります。写真技術士ですかね。しかし、フィルムや印画紙の製造がいつまで続くのだろうと。私の代で終わりかもしれないという危惧もある。でも、最近若い人たちの中に自分たちで独自に現像やプリントをやる人たちも出ているので、そこには希望があるかもしれない」

今回の展示について、杉本は「人間の意識の歴史が炙り出されるものにしたい」と語る。このテーマについて、松濤美術館の学芸員、西美弥子はこう説明する。

「美術史とは、各時代や芸術運動ごとに分断されるものではなく、ひとつながりの歴史の上に成り立つものですが、そういった視点が忘れられてしまうこともあるかと思います。杉本氏は、日本の古美術と現代美術の間に流れる、様々な人間の営みや、環境、時間の経過によって紡がれてきた歴史や変化に価値と美を見出し、それらを融合させる表現をされています。だからこそ、杉本氏の作品を前にすると、そこに写されている人間の本質に想いを馳せ、また気づかされるのではないかと思います」

自身を「アナクロニズムの極地にあるモダニスト」とも呼ぶ杉本は、自らの創作活動を「時代錯誤」と笑う。

「人々がひたすら前へ前へと進む中で、私は時代に逆行しているわけです。それを楽しんでいるところもありますね。ロンドンのヘイワードギャラリーで10月から個展をやるんですが、そのタイトルが『Time Machine』。すべて写真だけの展示で、初期の作品から現在までを網羅したものになるのですが、それらのテーマの多くが時間なんです。写真はタイムマシーンですから」

世界各地で水平線を捉えた『海景』シリーズやアメリカ自然史博物館の古生物や古代人がいる風景のジオラマを撮影した『ジオラマ』シリーズなど、人間の意識が誕生する根源まで遡った作品を発表し続ける杉本は、人間の歴史に思いを馳せる中で、未来への確信のような予感がある。

杉本博司《カリフォルニア・コンドル》 1994年 ピグメント・プリント 作家蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《カリフォルニア・コンドル》 1994年 ピグメント・プリント 作家蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《Brush Impression いろは歌 (四十七字)》(部分) 2023年 銀塩写真 作家蔵©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《Brush Impression いろは歌 (四十七字)》(部分) 2023年 銀塩写真 作家蔵©Hiroshi Sugimoto

「このままだと人類は滅亡するのではないかと。現在の地球温暖化は人間が招いた災いです。しかし、人間中心主義だとどうしても人間を中心に考えてしまう。地球をひとつの生命体として、地球を主体に考えてみたら、人間は害虫のようなもので、地球の命を縮めることをしているわけです。そうなると、人間という害虫を減少させようとする地球の自然の力がどんどん働いてくるでしょう。コロナ禍や急激な温暖化もその例かもしれない。もしくは産業革命以前の状態に戻らないと、地球はサステナブルな生命体にはならない。しかし、ここまで来ると果たしてどうなるか。今の人類の文明は先の氷河期と次に来る氷河期の間に咲いた瞬間的な生命現象であるという見方もある。そして、人間は次の氷河期が来たら対応できないだろうと。そうなると、人間の文明というのは地球の歴史の中では一瞬にすぎないのではと考えるんです。今、文明は臨界点に達しつつあるのですが、臨界点は転換しないといけない。ですので、劇的に変化する予兆も感じますけどね。もし文明の最終的な局面に私が生きている間に立ち会えるとしたら、これは見ものだなと。私は立ち会っている感じがありますよ」

杉本が遡って写真に捉え続ける人類の歴史は、人類20万年の「束の間の夢」なのだろうか。
「その夢のまた夢の一瞬を私は生かさせていただきましたと。お後がよろしくないようで(笑)」

杉本博司《フォトジェニック・ドローイング015:タルボット家の住み込み家庭教師、アメリナ・ペティ女史と考えられる人物 1840-1841年》 2008年 調色銀塩写真 ベルナール・ビュフェ美術館蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《フォトジェニック・ドローイング015:タルボット家の住み込み家庭教師、アメリナ・ペティ女史と考えられる人物 1840-1841年》 2008年 調色銀塩写真 ベルナール・ビュフェ美術館蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《相模湾、江之浦》 2021年1月1日 ピグメント・プリント 作家蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《相模湾、江之浦》 2021年1月1日 ピグメント・プリント 作家蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《時間の矢》 1987 年(火炎宝珠形仏舎利残欠:鎌倉時代 [13−14世紀] 海景:1980年) ミクストメディア 小田原文化財団蔵 ©Hiroshi Sugimoto
杉本博司《時間の矢》 1987 年(火炎宝珠形仏舎利残欠:鎌倉時代 [13〜14世紀] 海景:1980年) ミクストメディア 小田原文化財団蔵 ©Hiroshi Sugimoto

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