「今回の展示は、写真とは付かず離れずというか、だいぶ離れてますね」と笑うのは杉本博司。現代美術シーンにおける写真作家として国際的な評価とオークションにおける高額な値付けで知られる彼の東京での久々の展覧会が9月16日より渋谷区立松濤美術館で行われる。
タイトルは「杉本博司 本歌取り 東下り」。これは去年、姫路市立美術館で行われた彼の展覧会「本歌取り」の流れを汲むもの。姫路「本歌取り」展は写真作品のみならず、彼の手による書、彼がコレクションする骨董なども一堂に展示した写真作家の範疇を超えた内容だった。
松濤の展示も写真作品だけでなく、印画紙に現像液または定着液で描かれた書、ネガ・ポジ法を発明した写真黎明期のウィリアム・タルボットの古いネガから杉本がプリントを起こしたもの、鎌倉時代の骨董に杉本の写真を組み合わせたものなど、多様な作品が展示される。
本歌取りとは、和歌の作成技法で、有名な古歌(本歌)の一部を意識的に自作に取り入れ、そのうえに新たな時代精神やオリジナリティを加味して歌を作る手法。杉本は写真自体が「本歌取り」だという。ゼロから創り出すものではないと。さらに杉本は「本歌取り」を美術史の中で意識的に行ったアーティストとしてマルセル・デュシャンの「レディメイド」作品を挙げる。
「オリジナリティという概念は、個人主義から来ています。個人の精神の中に宿るもの、それがオリジナリティだと。でも僕は西洋のオリジナリティ崇拝を疑った方がいいのではないかと思うのです。本歌取りのように、いかがわしいものが後に崇高になることが多々ある。デュシャンもそう。それなら私は戦略的にいかがわしい感を漂わせようと(笑)」
今回の展示では葛飾北斎の「赤富士」と同じ画角で捉えた富士山の巨大なランドスケープ作品も初お目見えとなる。この撮影にあたっては杉本十八番の8×10カメラではなく、最新のデジタルカメラを使用したという。「デジタルカメラの技術が非常に進んで、使うようになったんですね。さすがに8×10をかついで標高1500メートルまで登るのは辛い(笑)」
杉本は自身を「最後の写真家」と自嘲気味に語る。「私は職人としての意識が昔からあります。写真技術士ですかね。しかし、フィルムや印画紙の製造がいつまで続くのだろうと。私の代で終わりかもしれないという危惧もある。でも、最近若い人たちの中に自分たちで独自に現像やプリントをやる人たちも出ているので、そこには希望があるかもしれない」
今回の展示について、杉本は「人間の意識の歴史が炙り出されるものにしたい」と語る。このテーマについて、松濤美術館の学芸員、西美弥子はこう説明する。
「美術史とは、各時代や芸術運動ごとに分断されるものではなく、ひとつながりの歴史の上に成り立つものですが、そういった視点が忘れられてしまうこともあるかと思います。杉本氏は、日本の古美術と現代美術の間に流れる、様々な人間の営みや、環境、時間の経過によって紡がれてきた歴史や変化に価値と美を見出し、それらを融合させる表現をされています。だからこそ、杉本氏の作品を前にすると、そこに写されている人間の本質に想いを馳せ、また気づかされるのではないかと思います」
自身を「アナクロニズムの極地にあるモダニスト」とも呼ぶ杉本は、自らの創作活動を「時代錯誤」と笑う。
「人々がひたすら前へ前へと進む中で、私は時代に逆行しているわけです。それを楽しんでいるところもありますね。ロンドンのヘイワードギャラリーで10月から個展をやるんですが、そのタイトルが『Time Machine』。すべて写真だけの展示で、初期の作品から現在までを網羅したものになるのですが、それらのテーマの多くが時間なんです。写真はタイムマシーンですから」
世界各地で水平線を捉えた『海景』シリーズやアメリカ自然史博物館の古生物や古代人がいる風景のジオラマを撮影した『ジオラマ』シリーズなど、人間の意識が誕生する根源まで遡った作品を発表し続ける杉本は、人間の歴史に思いを馳せる中で、未来への確信のような予感がある。
「このままだと人類は滅亡するのではないかと。現在の地球温暖化は人間が招いた災いです。しかし、人間中心主義だとどうしても人間を中心に考えてしまう。地球をひとつの生命体として、地球を主体に考えてみたら、人間は害虫のようなもので、地球の命を縮めることをしているわけです。そうなると、人間という害虫を減少させようとする地球の自然の力がどんどん働いてくるでしょう。コロナ禍や急激な温暖化もその例かもしれない。もしくは産業革命以前の状態に戻らないと、地球はサステナブルな生命体にはならない。しかし、ここまで来ると果たしてどうなるか。今の人類の文明は先の氷河期と次に来る氷河期の間に咲いた瞬間的な生命現象であるという見方もある。そして、人間は次の氷河期が来たら対応できないだろうと。そうなると、人間の文明というのは地球の歴史の中では一瞬にすぎないのではと考えるんです。今、文明は臨界点に達しつつあるのですが、臨界点は転換しないといけない。ですので、劇的に変化する予兆も感じますけどね。もし文明の最終的な局面に私が生きている間に立ち会えるとしたら、これは見ものだなと。私は立ち会っている感じがありますよ」
杉本が遡って写真に捉え続ける人類の歴史は、人類20万年の「束の間の夢」なのだろうか。
「その夢のまた夢の一瞬を私は生かさせていただきましたと。お後がよろしくないようで(笑)」
今月の流行写真 TOP10
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10: “NEWSPAPER” (Primaly Information)
1968〜71にNYで出版された大型ZINE『Newspaper』総集編はNYカルチャーの貴重な記録。 -
9:“London Calling!” by Charlotte Wales for Vogue US August 2023
ロンドンの若手ファッション・クリエイターを一堂に集めた集合ショット・ストーリー。 -
8:横田大輔写真展 「multiplication」@NACC/日本橋アナーキー文化センター
写真の物質性を追求する横田の新作は床一面のプリント群の上を歩いて鑑賞する革新的見せ方。 -
7:Hailey Bieber by Richard Burbridge for Vogue Japan September 2023
J・ビーバー妻でモデルのヘイリーを日ヴォーグがバーブリッジと共にグロッシーな女性像に。 -
6:Jennifer Lawrence by Collier Schorr for Interview Sumer issue 549
『No Hard Feelings』が話題のジェニファー・ローレンスをショアがダサお洒落に描く。 -
5:『658km、陽子の旅』監督: 熊切和嘉
菊地凛子演じるコミュ障女子のヒッチハイクの旅。ドキュメンタルで寒々しいトーンが効果的。 -
4:Tyler Mitchell for i-D 372 summer 2023
若手黒人スター写真家タイラー・ミッチェルは初期のヘタウマから成熟した構築的造形美へ。 -
3:グレート・ザ・歌舞伎町写真展 「どうも」@ビームス ジャパンB GALLERY
コロナ禍、安倍晋三元総理の国葬、グラフィティなど日本のハイ&ロウを捉える見事なドキュメント。 -
2:『春画先生』監督: 塩田明彦
春画研究者と彼を慕う女性の禁欲主義とエロが交差するコメディは和風で淫靡な映像美。R15+指定。 -
1:上田義彦写真展 「いつでも夢を」@代官山ヒルサイドテラス・ヒルサイドフォーラム
上田義彦による約20年分のサントリーウーロン茶広告が描くどこにもない理想の中国人像。