「大学のトークイベントに出演した時に『若い写真家に伝えたいことは?』と質問されて、そんなことを考えてこなかったという反省のようなものがあったんです。そんな時期に自叙伝的な本を出しませんかと打診があり、自分がどうやって写真の世界に入り、どう写真と向き合って生きてきたかを語る本にしようと。格好いい自慢話ではなくて、悪戦苦闘しながら一枚一枚の写真を作っている内幕が伝わればと思ったんです」と語るのは瀧本幹也。
3月に発売された彼の新刊『写真前夜』(玄光社)は、瀧本の自叙伝的エッセイかつ作品集。彼の生い立ちから現在まで、さまざまなイメージ——としまえん、ラフォーレ原宿、サントリー天然水、カロリーメイトなどの広告から坂本龍一との仕事、是枝裕和監督と組んでカンヌ国際映画祭で受賞した『そして父になる』など——とともにその背景、そして手法までも余すところなく語った一冊だ。
瀧本が写真に興味を持つようになったのは小学校4年の時。きっかけは天体写真だという。「理科の教科書で宇宙に興味を持つようになって、親に簡単な望遠鏡を買ってもらいました。望遠鏡は三脚をきちんと立てて、赤道儀の極軸を北極に合わせないと追尾できないんですね。今思うと、そういうきちんとセッティングしてファインダーで見るというのは、今の撮影に通じてますね」
彼の家族もカメラ好きだったという。
「父親が8ミリフィルムカメラで家族の様子を動画で撮っていたんです。また家族旅行に行く際に父親と兄がムービー班で、父親からは『幹也は写真を撮っておきな』と言われ、僕はスチール班になったんです(笑)」
瀧本はせっせとお小遣いを貯めて念願の一眼レフカメラ、Nikon FG-20を買う。そして積極的にフォトコンテストに作品を送ったところ、次々と子供部門の賞を獲るようになる。
「自分には『大企業に入れば安心』という価値観が全然なかったんです。人生一度きりだから、大好きな写真を裏切らないようにしたいので写真の道に行こうと。高校に入ってもその思いは変わらず、ならばなるべく早く写真の世界に入った方がいいと親と先生を説得して、高校2年で学校を辞めたんです」
最初は名古屋の商業写真家の下で修業し、その後上京する。
「東京に着いて真っ先に本屋で『コマーシャル・フォト』を立ち読みしたんです。そこにスタジオマン募集の求人広告を見て10BANスタジオに電話し、17歳でスタジオマンになったわけです」
スタジオマン時代に出会った藤井保の写真と生き様に衝撃を受け、積極的にアプローチして彼のアシスタントに。藤井の下で数多くの海外ロケを含む濃密な4年間を過ごして独立する。瀧本と幾多の広告をともにしたグラフィックデザイナー服部一成は最初の印象を語る。
「写真のことはうろ覚えですが、まだ藤井保さんの影響が強かったんじゃないかな。20代前半なのに大人びていて、小柄だけどすごく頼りになりそうな人物の印象が強く残っています」
瀧本にとって師匠の影響下から抜け出るのは簡単ではなかった。
「独立直後にアートディレクターの中島英樹さんにブックを見せたところ、『藤井保まんまじゃん』とボロクソに言われたんですね。頭に来たんだけど、中島さんが言っていることは間違ってないなと。藤井さんはモノクロで重たいトーンが多く、すごく湿度が高い写真。ならば僕はその真逆を行こうと。カラーでシアン系の冷徹な目線でやろうと。そして抗うというか、自分なりの考えなり思いを写真に込めて提示しないと自分の写真にならないと決意したんです」
『写真前夜』を「私自身が欲しい本だった」と語るのは本書を編集した玄光社の善積幸子。善積はスタジオマン経験があり、以前は写真家を目指していたという異色の経歴を持つ。
「編集者になってからは、瀧本さんの本を作ることを目標にしていたんです。瀧本さんはいつの間にか高くなってしまった写真業界のジャンルの垣根をいい意味で瓦解させ、それぞれの表現の幅を広げさせる唯一無二の存在なのではないかなと思います。今までにいろいろと写真関係の方にお会いしましたが、これほど写真をお好きな方はなかなかいません」
服部は瀧本の写真をこう評する。
「彼はカメラに対して敬虔。写真は結局、機械が写すものだということが体に染み込んでいる。現場で感じたこと、言葉にし難い感覚的なこと、全部を写真の摂理に沿った形に滑らかに翻訳できてしまう。さらに『カメラで撮る』ことを起点にして表現を広げていける。そこが強い」
少年時代の夢から現在のキャンペーンの撮影手法までが語られた『写真前夜』には、少年の心と大人の知恵が詰まっている。さらに瀧本による少し天邪鬼な視点と卓越した技による被写体の、いや世界の捉え直しが収められている。
瀧本は「どんな撮影でも撮っていてワクワクしたい」という。
「写真と僕との関係で、魂を売った写真を撮ってしまうと写真に対して申し訳ない感じになるんです。僕は写真を裏切りたくない。この本は撮影のレシピを見せているんですが、これを読んだ人が僕のような写真を撮れることはまずないと思うんです。なぜなら写真はナマモノで、現場にいくと絶対にレシピどおりにいかないわけです。そこが写真の面白さでもあるんですね。写真は終わりなき創意工夫ですよ」
今月の流行写真 TOP10
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10:“Practically Perfect” by Nigel Shafran for VOGUE US Apr. 2023
ナイジェル・シャフランならではの仕掛けとユーモアに満ちた仕事着ファッション。 -
9:“JISOO” by Hugo Comte for VOGUE France Mar.2023
仏ヴォーグ・カバー!BLACKPINKジスをヒューゴ・コンテが今のミューズに描く。 -
8:Lana Del Rey by Nadia Lee Cohen for Interview Magazine Mar. 2023
ラナ・デル・レイをナディア・リー・コーエンが往年のハリウッド映画のワンシーンのように描く。 -
7:山谷佑介写真集『ONSEN I』(flotsam books)
温泉を舞台にしたスッポンポン写真集はライアン・マッギンレーへの日本的回答。 -
6:“Record Breakers!” by Andrea Artemisio for DAZED&CONFUSED Vol.5 2023
小物やネクタイなどをどれだけ重ねて着るかの世界記録に挑んだ笑えるファッション。 -
5:山上新平写真集『liminal (eyes)』(bookshop M)
山上新平による海のモノクロ写真集は、写真は光と影の彫刻であることを再認識。 -
4:“Raf Simons” by Mario Sorrenti for i-D Spring 2023
マリオ・ソレンティならではの生っぽさと技巧的ライティングの見事なハーモニー。頭脳的! -
3:映画『せかいのおきく』監督:阪本順治
江戸末期の武士の娘と下肥買いの若者たちの純愛話は糞尿まみれの気高い美しさ。 -
2:“BALENCIAGA SUMMER 2023” by Juergen Teller for PURPLE #39 2023
ユルゲン・テラーがバレンシアガを泥まみれで撮る。許したバレンシアガも凄い。 -
1: “Coolidge vs. Haute Squad 5” by Daniel Kwan & Daniel Scheinert for W magazine Vol.2 2023
『W』の映画監督によるファション撮影特集はエブエブのダニエルズによる戦隊モノファッションが最高!