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映画監督・佐々木誠が長編映画を観ながら過ごす、あの旅先

長旅で現地の空気感に浸りながら観る映画もまた格別だ。映画監督の佐々木誠さんが選んだ、長くじっくり楽しめる6作品と旅先とは。

text: Ikuko Hyodo

パリ/フランス

ヌーベルバーグ始まりの地で、名作シリーズを追体験

フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』は、ヌーベルバーグを代表する一本だが、4作の続編があり「アントワーヌ・ドワネルの冒険」と呼ばれている。

「14歳のアントワーヌ・ドワネルのその後を描いた『アントワーヌとコレット』『夜霧の恋人たち』『家庭』『逃げ去る恋』は、ジャン=ピエール・レオが20年にわたって同一人物を演じている、フランス版『北の国から』。いくつになっても魅力的な女性にふらりと行ってしまうダメ男だけど、応援したくなります。パリを舞台にした名作はたくさんありますが、ドワネルが歩いた60~70年代のパリの街角やファッションなどもいちいち洒落ていて、今のパリの空気を感じながら観賞したいシリーズです」

台北/台湾

『台北ストーリー』の流れを汲む、それぞれの時代の若者たち

台湾映画界の二大巨頭、エドワード・ヤンとホウ・シャオシェン。「『台北ストーリー』は80年代の映画ですが、エドワード・ヤンが監督、ホウ・シャオシェンが主演を務めた記念碑的作品。国を問わず、社会情勢と日常は密接に結びついているものですが、台北が舞台の映画はその影響が随所に出ている印象があります。

エドワード・ヤン監督の『カップルズ』(1996年)、ホウ・シャオシェン監督の『ミレニアム・マンボ』(2001年)、そしてホウ・シャオシェンのアシスタントを務めた経験があり、新世代の監督といえるホアン・シーの『台北暮色』(17年)。1980年代~2010年代に作られた4作品を今の台北で観ることで、変わったもの、変わらないものを俯瞰することができます」

ウィーン/オーストリア

欧州各地で18年越しの恋を描いた「ビフォア」シリーズ

長距離列車の中で隣に座って惹かれ合った、アメリカ人青年とフランス人女性がウィーンで途中下車する『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』。

「旅先での最高にロマンティックな出会いから始まる映画です。カフェや公園、レコード店など、実際に行ってみたくなる場所を歩くのですが、2人のかけ合いが楽しい会話劇で、昼から夜へ刻々と変化していくウィーンの町の切り取り方も魅力的です」。

9年後、パリを舞台に『ビフォア・サンセット』、さらに9年後はギリシャを舞台に『ビフォア・ミッドナイト』が作られ、「ビフォア」シリーズとして恋人たちの18年を描いたことでも話題になった本作。「都市を移動しながら、その後の顛末を観られたら最高ですね」

オアフ島/アメリカ合衆国

ハワイがロケ地となった、人間ドラマ、SF、ミステリー

『ファミリー・ツリー』はバカンス先としての“特別なハワイ”ではなく、そこで生活する人たちにとっての“いつものハワイ”をシニカルに描いた秀作。

「ジョージ・クルーニー演じる主人公が、離婚の危機や遺産問題に直面するのですが、ハワイが舞台じゃなくても成り立ちそうな、人生や人間関係のままならなさを描いています。観光的な切り口とは違うハワイの一面が見えてきて、逆に好感が持てます。

同じ理由で、前田弘二監督の『わたしのハワイの歩きかた』もおすすめです」。ハワイの大自然は、ロケ地としてもお馴染み。「『ジュラシック・パーク』シリーズやドラマ『LOST』が撮影されたオアフ島のクアロア・ランチなど、聖地巡りをするのも楽しいでしょう」

ペーチ/ハンガリー

長回しで紡ぐ『サタンタンゴ』、驚異の7時間18分!

「タル・ベーラ監督の『サタンタンゴ』は7時間18分の大作で、家で観ようとしても集中力がまず続きません(笑)。こういう作品を映画館以外で観るとしたら、やはり旅先でしょう」。舞台になっているのは、ハンガリーのある村。死んだはずの男が突然帰ってきて、動揺する村人たち。時代設定も、映画の中で流れる時間軸も曖昧な寓話で、この尺にして全編約150カットの長回し。

「観たい場所として挙げたペーチはタル・ベーラの故郷ですが、多くの日本人には馴染みの薄い場所で観ることで、本作の不条理な世界観、幻想的な雰囲気にスムーズに入り込めそう。旅先では、自分にとっての常識が通じないことが多い。この映画はそんな旅の感覚とも結びつく気がします」

銀山温泉/日本

退廃的な男女を描いた成瀬映画を、温泉宿でしっぽり観る

「成瀬巳喜男は映画好きなら知っているけれど、観る機会を何となく逃してしまっている監督だったりするのではないでしょうか。温泉宿で、日本酒でも飲みながらしっぽり観たいのが、行き詰まりの男女の関係を、女性寄りの目線で描いた、『浮雲』や『乱れる』のような作品。前者は群馬・伊香保(いかほ)温泉が、後者は山形・銀山温泉が舞台の一つになっています」。

どちらも主演は高峰秀子で、既婚男性と独身女性、あるいは夫を亡くした女性と義弟との愛を描いている。「現代の価値観だとアウトなんでしょうけど、ある意味、昔の人の方が自由奔放で、しれっとすごいことをしてる(笑)。温泉地特有の解放感と淫靡さがない交ぜになって、エロティックな雰囲気が漂っています」