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平松洋子が語る〈名代とんかつ かっぱ〉の名代“とんてい”

あの時食べたこんなとんかつ。エッセイスト・平松洋子による味の記憶。

Photo: Kayoko Aoki, Tomo Ishiwatari, Kasane Nogawa, Kunihiro Fukumori, Hiroki Tsuji / Illustration: Naomi Tokuchi / Text: Hikari Torisawa, Yuriko Kobayashi, Koji Okano, Izumi Karashima / Edit: Keiko Kamijo

〈名代とんかつ かっぱ〉の(岡山・倉敷)

岡山 とんかつ 平松洋子
「とんてい」はとんかつ定食のこと。女性には「ミニとんてい」も。

バリッと揚がった名代とんかつ。せん切りキャベツの小山を従えて威風堂々。皿の上の勢いがとにかく違う。ちらり、きつね色の衣の下から見えるロース肉の顔つきもたまらない。とろーっとたっぷり、艶っつやのデミグラスソースの海。右手にナイフ、左手にフォークを握ったまま見入ってしまう。ひと切れ噛みしめたら、もう止まらない。〈かっぱ〉の嵐に巻き込まれて突っ走る。

〈かっぱ〉に惚れている。実家のある倉敷に行くとまず、えびす通り〈かっぱ〉に飛び込まなければ気がすまない。断っておくけれど、郷愁とか倉敷名物詣でのつもりはまったくない。キレッキレのおいしさ、土地に根ざした唯一無二の空気にぐっとくる。もちろん、同じ思いのお客は引きも切らず。お昼に行けばつねに満員だし、店の前には十数人の行列。夕方五時前から、暖簾が掛かるのを何人も待ちわびている。美観地区まで徒歩五分、ここは心臓どきゅんのとんかつ天国だ。

 名代とんてい(ライス・みそ汁付き) ¥1300
 名代とんかつ ¥950
 ヒレかつ(4切)¥1,400
 ヒレかつ(3切)¥1,150
 ヒレかつ(2切)¥800

そのほかポークステーキ(160g)¥950、ビーフステーキ¥2,000、ビーフかつ¥1,750、エビフライ(3本)¥1,150、クリームコロッケ(2ヶ)¥650、チキンかつ¥950、若鶏バター焼¥1,250……いろいろ。つまり、とんかつが大看板の洋食メニュー。とんかつとデミグラスソースの組み合わせにはちゃんと意味がある。

カウンターに座ると、とんかつを揚げる一部始終が見える。全員、女性。てきぱき動いて本当に気持ちがいい。お客の顔を見てから肉を出し、衣をはたいて年季の入った大鍋で揚げ、少し休ませてからまな板にのせ、すべてを取り仕切る田辺敬子さんみずから庖丁でざく、ざく、ざく。デミグラスソースがかかると、あれが自分のとんかつ、いや次か、一喜一憂しながら高揚してゆく。こざっぱりとした店内を、たふたふと包み込むオーラ。熱い肉に歯を食いこませるとき、お客は〈かっぱ〉の時間にも触れている。

1961年、敬子さんの祖母、はる子さんが同じ場所、同じ屋号で開いた。地元の銘酒「正義桜」とおばんざいでチョイと一杯飲れる店。「竹を割ったような性格のおばあでした」と、敬子さん。とんかつは当時から名物料理だったというから、料理の腕前も、商いの才覚も、はる子さんはひときわだった。息子の彰男さん、つまり敬子さんの父が二代目を引き継いだが、2002年急逝。大阪で洋食の修業をしていた20代の敬子さんが急遽戻って三代目を引き継ぎ、今年十五年めに入った。「かっぱ」に洋食の味をもたらしたのは、料理屋を営んでいたはる子さんの父で、敬子さんの曽祖父。代々おいしいもの好きの家族の舌がうちの味の基本をつくってきました、と敬子さんが言う。

「この15年、こんなとんかつがつくりたいというイメージは変わりませんが、一昨年より去年、去年より今年、確実においしくなっていると思います」

だから〈かっぱ〉のとんかつは潔い味がする。

日々の仕事は緻密だ。豚肉は群馬のクイーンポーク。塩こしょうは黒と白をブレンド。揚げ油は、ラードとしらしめ油を毎朝合わせる。パン粉は、生とドライのブレンド。毎日つくるデミグラスソースは継ぎ足し、継ぎ足し、ハンバーグを焼いたときのグレービーソースも適宜加えて煮込む。うまみが濃縮されているのに、意外なほどさらり。トゲトゲの衣はビールの肴にも最高だし、ソースが衣とキャベツに染みてゆく塩梅だって絶妙というほかない。
 屋号〈かっぱ〉の揮毫は、かつてはる子さんが習字を習っていた書家、高木聖鶴による。店内のあちこちには涼やかな野の花。でも、なーんの気取りもない。愛しの〈かっぱ〉、なんてかっこいいんだ。