デザインとも機能とも違う、いい器の条件とは。
シンプルな白い皿のシリーズ〈SOUPs〉なども手がける長尾智子さんと、富山の古民家に暮らすガラス作家ピーター・アイビーさん。
2人の「いい道具、いい器」考は、ピーターさんが作るガラスの保存瓶から始まった。繊細な美しさと、蓋を開閉する際に銅のワイヤーを留めたり外したりする仕掛けが特徴だ。
![長尾智子 ピーター・アイビー](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/d47b77da00ed6271749cd8ea77f5fa14-1067x1600.jpg)
長尾智子
最近、この保存瓶をキッチンに置いて、毎日頻繁に使う海塩を入れているんです。そうしたら、蓋を開け閉めするたび、銅のワイヤーがガラスに当たってカチッと音を立てるのが、とても快適なことに気がついた。当たりは軽いけれど確かに留め具がハマった感覚が手に伝わる。「この気持ちよさは何?」って
![長尾智子 ガラス瓶](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/0ae2b3cba0c2efe7d13a9751af974f04.jpg)
ピーター・アイビー
そもそもこの瓶は、僕が料理を始めた13年前、ピクルスを入れる美しい容器がなくて自分のために作ったもの。デザインも気に入ってますが、例えば料理しながらボーッとしている時に、カチッという音で意識がリセットされる瞬間が好き。
長尾
わかります。私にとっては、毎日料理をする時にまずカチッとやって、「今日もよろしくお願いします」と挨拶したくなる存在。ピーターのガラスは、そっと大切に飾りたくなるほど繊細で美しいけれど、それだけではない本能に訴える何かがある気がして、その「何か」を探すために富山まで来たんです。
ピーター
いいね、探しましょう。
長尾
実は保存瓶だけじゃなく、ピッチャーにもそれがあると感じています。手に持って水を注ぐと、一見飾りのように見える細いガラスの帯のところで手が止まる。滑らないんです。ここがストッパーだというそぶりは全くないけれど、快適に使うための助けになっている。
![長尾智子 ピーター・アイビー 食器](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/902253f53f1918dbd08924e02f7e959e-1067x1600.jpg)
ピーター
保存瓶は留め具がない方がラクだし、ピッチャーは帯がなくても滑ったりしません。でも、ワイヤーやガラスの帯があれば、使う時や手で触った時に気分がいい。そこは常に意識していますね。道具は人との関係で成り立つものだから、使う人の気分がいちばん。ガラスを作る時も目の情報ではなく、手で触った感覚を大事にしたい。
長尾
たぶん料理も同じ。私は野菜を買う時も和え物の混ざり具合を確かめる時も、すぐ触ってみたくなる。目より、手の方が自分の感覚として信用できるんです。
ピーター
おにぎりとかピザとか、手で食べるご飯はおいしいしね。
長尾
ふふ、ピーターはご飯の話を本当によくしますよね。いつも、ご飯をどこでどうやって食べたら快適かを考えているでしょう。
ピーター
うん。古い民家を自分でリノベーションしたこの家でも明るい場所をキッチンにしたし、工房ではスタッフがまかないを作って、みんなで庭に出て食べたりする。
![ピーター・アイビー 富山](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/6a646c2672022721c1de16364485fa62-1067x1600.jpg)
![富山 ピーター・アイビー](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/4caec690dc301f5eec4a3d13e3c60890-1600x1067.jpg)
![富山 ピーター・アイビー](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/a6196a79cad6495832b612623d513408-1600x1067.jpg)
長尾
ピーターが道具を作る時や選ぶ時の根本には、どう暮らして食べるかを始終考えている日常があると思う。私で言うと、常々、器の重さが盛り付けるものを支え、料理を作った人を助けると感じていて、つい重めの器に手が伸びる。洗うのが楽しいことも、いい器の条件かな。
ピーター
うちでは長尾さんが作った〈SOUPs〉のスープ皿やオーバル皿をよく使います。縁に角度があって手がすっと入るから、持ちやすいし置きやすい。盛る、運ぶ、置く、洗う、棚にしまう。食べる以外の時間も全部気持ちいい。そういえば昔、長尾さんから「ガラスでオーバル皿を作って」と頼まれましたね。吹きガラスは遠心力で形が決まるので、できなかったけど。
![器 長尾智子 ピーター・アイビー](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/25834b42f5a9975df3a97a8f8267b72b-1067x1600.jpg)
![ガラス瓶 長尾智子 ピーター・アイビー](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/6644976d5bdce27e65004005c9915a07-1067x1600.jpg)
長尾智子
オーバル皿の良さを広めたかったんです。料理がさまになるから。よく盛り付けが苦手という人がいるけれど、そのたびに「オーバルならきれいに盛れるのに!」って思う。
ピーター
確かに、ラフに盛り付けるだけですごくおいしそうに見える。
長尾智子
でしょう? 自分が作った料理を“結構いいな”と思えるのはとても大事なことなのです。
ピーター
気づいたら料理が上手に盛れてて、洗うのが気持ちよくて、いつの間にかそればかり使っているというのがいちばん素敵。僕はよく、なんかいいね、使いたくなるね、という時に「feeling of use」と言いますが、日本語ではどう言うの。
長尾智子
「使い心地」かな。手触りの良さから料理が合うみたいなことまで含めて、要は「人に、ものを使い続けさせる力」ですね。
ピーター
じゃあワイヤーの音や器の重さもfeeling of use?
長尾智子
そう。私がガラスの保存瓶に感じた「何か」も、使うことでわかるfeeling of use。それと、「私にはこれがあるから大丈夫」と思わせる安心感。今、気持ちの土台が揺らぐことも多いけど、保存瓶はいつもキッチンにあって、使えばカチッと音がする。それを自分の手で確認することが安心感に繋がっている。デザインとも機能とも違う、いい道具、いい器の大切な役割だと思います。
![長尾智子 ピーター・アイビー 包丁](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/312784a65b19bfb9c5e37456bff054e2-e1630902156486-1600x1067.jpg)
![長尾智子 ピーター・アイビー 食器](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/2de10ff978f84f9e213d11c7f550d43c-1600x1067.jpg)
![長尾智子 ピーター・アイビー](https://brutus.jp/wp-content/uploads/2021/09/e4530d6abd9fc424d457393de0ce8fdf-1600x1067.jpg)