〈ときわ動物園〉に入ると、「ホウ、ホウゥ」と高く、澄んだ声が風に乗って聞こえる。背の高い木々が茂るジャングルのような森を進むと視界が開け、水に浮かぶ小島が見えた。高さ10mほどの巨木が作る森の中で縦横無尽に動き回るサルたち。声の主はシロテテナガザルだった。
山田紗子さんはカメラを構えるのも忘れてその姿を見つめている。両者の間に檻や柵はなく、数m幅の水堀があるだけ。水を嫌う彼らの習性を上手に利用した造りだ。
「彼らは一生の大部分を樹上で暮らします。枝から枝へ、雲梯運動のように飛び移りながら広大な森を移動します。そんな行動を見てほしくて」と多々良成紀園長が解説する。
小・中型のサルを中心に約26種の動物を展示する〈ときわ動物園〉。かつては檻を使った展示が多かったが、2016年のリニューアルを機に動物の暮らす生息環境をできるだけ再現し、本来の行動や習性を発揮させる「生息環境展示」を採用した。
同展示の先駆者である動物園デザイナーの若生謙二氏は設計にあたり、スマトラ島で野生のテナガザルを観察し、その習性を最大限に発揮できる樹木の高さや枝ぶり、間隔などを調査。野生に近い環境を造った。マダガスカル島やアマゾン川などでも生息地調査を行い、日本で初めて園全体に生息環境展示を取り入れた。
「生息地を模したランドスケープを造ればいいわけではなく、動物の行動領域や体の動かし方、群れの関係性など、習性に合った場を造って初めて本来の姿が引き出せる。しかもそれを限られた面積で、気候も植生も違う日本で展開しなくてはいけない。緻密な設計と建築的な発想が凝縮した展示ですね」(山田さん)
サルを見て、人間を思う。生息環境展示の醍醐味
園路を歩きながら、山田さんは周囲の植物や足元の様子も観察する。
「あえて園路を蛇行させたり、人工的に道に勾配をつけたりすることで、約2ヘクタールという実際の面積よりずっと広く感じさせている。植栽した樹木に加えて自然に生育した下草が茂っているのも景観に奥行きを与えています。ランドスケープデザインによって不利な条件を巧みに克服している点も、うまいなぁ」
リスザルの展示では木箱の中に手を入れて、器用に果実を取る姿に目を留めた。あえて食べ物を取り出しづらくすることがポイントなのだとか。
「私たちも何もない部屋で一日中ぼーっとしろと言われたら辛いでしょう。動物も同じです。本来持つ能力を発揮できる場がないと退屈だし苦痛だと思います。あの子たちもせっせと土を掘っているでしょう?」
そう園長が指差す先にいたのは、手先が器用なフサオマキザル。
「コンクリートの獣舎は掃除しやすく便利ですが、彼らにとってはつまらない。でも自然の土を敷いたら、掘ったり探したり、色々できるから」
その言葉に山田さんは頷く。
「昨今、人間の住宅では過剰なほどに安全性や快適性が求められます。でも、それもまた人間本来の能力を削いでしまうんじゃないかと思うんです。人間も霊長類の一種なのに、ほかの種に比べて脆弱で、危険察知能力も鈍くなっている。ここの動物たちを見て、私たちの暮らしのあり方も改めて考えさせられました」
「そう、そこなんです」と園長。
「ただ“見る”ではその動物を本当に“知る”ことにはならない。彼らの行動、習性、生息環境、全部含めて初めて動物を“知る(識る)”ことができる。そうすれば自然環境と動物が密接に関わっていること、その地続きに人間がいることもわかってくる。人間も自然や動物の一部であること、それを伝えるのが動物園の役割だと思っているんです」
園を後にし、駅へ歩く途中、山田さんが大真面目に言った。
「公園で遊んでいる子供たちとか、ほら、あそこの工事現場で足場に登っている人とか、サルとシームレスに見えてきませんか?私たちも動物なんですよ、やっぱり!」
動物を知ることは、人間を知ること。だとしたら動物園が教えてくれることは、計り知れないほど大きい。