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一晩中陶酔していたいジャズファンクの至極。『Thrust』ハービー・ハンコック。バラカンが選ぶ夏のレコード Vol.19

ピーター・バラカンが選ぶ32枚のレコードストーリー。「ピーター・バラカンがオーナーのリスニングバー〈cheers pb〉で夏にかけるレコードの話を聞きました」も読む

illustration: TAIZO / text: Kaz Yuzawa

『Thrust』Herbie Hancock(1974年)

一晩中陶酔していたい
ジャズファンクの至極。

『Head Hunters』がとにかく大好きで、よっぽどそれにしようかと思ったんですけれど、『Thrust』の中の「Butterfly」は超愛聴曲なのですごく悩みました。結局、「Butterfly」に感じられる爽やかな夏っぽさに1票追加して、今回は『Thrust』を選ぶことにしました。

僕が好きな音楽には、脳細胞と腰の両方を揺さぶって刺激してくれる作品がどうやら多いようです。どっちか片方だけでも好きな曲はあるけれど、できれば両方を刺激してほしい。ハービーの70年代半ばの『Head Hunters』『Thrust』『Man-Child』『Secrets』あたりはどれも、そんな僕の音楽の嗜好にピッタリ当てはまります。

もともとハービーは60年代半ば、マイルズ・デイヴィスのバンドでとても理知的なピアノを弾いていました。でも彼は、デビュー曲の「Watermelon Man」のようにファンキーで泥くさい面も持っています。

オマケに好奇心も旺盛だから、80年代には「Rockit」みたいなことをやったかと思えば、90年代にはピーター・ゲイブリエルやプリンスらの曲を、ジャズのレパートリーに加えて聴かせた『The New Standard』みたいなことをサラッとやっちゃうんです。それもニコニコ笑顔でやってしまうイメージ。そうなるともう、すべてについていく必要はもちろんなくて、自分の好みに合う部分をフォローすればいいと思います。

ハービーはとても社交的で、人脈は相当厚いですが、それを物語る面白いエピソードがあります。ハービーは『Tokyo Jazz』でしばらく音楽監督をしていた時期があるんですが、あるとき、出演を予定していたダイアナ・クラールが急病で本番の前日にドタキャンしてしまったんです。

周りのスタッフが焦りまくる中、ハービーは自分の電話帳をペラペラめくって、直接シャカ・カーン本人に電話をかけ、「突然で悪いんだけど、明日、空いている?」って話し始めたそうです。で、交渉成立。翌日、飛行機で飛んできたシャカ・カーンとともに、ハービーはものすごいステージを披露したんだそうです。

Herbie Hancock

side B-1:「Butterfly」

作曲家としても優秀なハービーはいくつもの名曲を書いています。「Butterfly」はその中の一曲。自身も何回か録音していますが、近年ではロバート・グラスパーやグレチェン・パーラートなど、若い実力派のミュージシャンたちが取り上げていて、新しいスタンダードと呼んでいいかもしれません。