「自分の体験を“体感”として伝えたい」。〈ハイバイ〉主宰・岩井秀人の物語の伝え方

演者と観客が空間を共にしリアルタイムで物語を表現する演劇は、生のコミュニケーションを内包するカルチャーの筆頭。脚本、舞台美術、音響、照明などさまざまな要素を駆使して作品の世界観を伝える劇作家・演出家はどんなことを大切にしているのだろう。劇団〈ハイバイ〉主宰の岩井秀人さんに話を聞いた。

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text&edit: Emi Fukushima

抽象性を保ち、観客の個人的体験を呼び起こす

結成20周年を記念し、代表作『て』の再演を終えたばかりの〈ハイバイ〉。互いのわかり合えなさが浮き彫りになる家族の一部始終を描く本作を筆頭に、主宰の岩井秀人さんは家族の不和、引きこもりなどの凄絶な実体験を基に作劇を続けている。

「自分の体験を“体感”として伝えたいのが一番。セリフはもちろん、俳優の表情や身ぶり手ぶり、呼吸などの言葉以外の演出も大切にしています。セリフの言葉尻は俳優それぞれが言いやすいように変えてもいい。その場面に至った人物の状況や状態を表したいんです」

家族や思春期など、題材はいずれも普遍的。ゆえに伝えるには、いかに観客に想像を促し個人的体験と結びつけてもらうかが肝心だ。

「例えば舞台上に具体的な“壁”などは置かず、点と線から壁を“イメージしてもらう”ようにしています。ドアノブ付きの棒があるだけで、観客は自然と“部屋”を想像する。抽象的な状態にしています」

また、配役に関するユニークな手法で想像を後押しすることも。

「〈ハイバイ〉では母親役を中年男性が演じることがあります。カツラを被ったおじさんだと油断させて具体性を薄めることで、観客固有の記憶を刺激できたらなと。記憶は一人一人異なりますが、局所的に誰もが共有する感覚もある。幼少期に家に1人取り残された時の静けさだったり、夕方に母親が子供を呼ぶ声だったり。そうした表現を織り込むと、作品と観客の内的世界が結びつきやすくなる気がしてます」

悲惨で散々な物語の最中、笑いが起こる場面もしばしば。切実さと軽やかさのバランスの絶妙さも、〈ハイバイ〉流の物語の伝え方だ。

「深刻に受け止めてもいいし笑ってもいい。多様な感情を呼び起こす作品を作り続けたいです」

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