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アカデミー賞、最有力候補。映画『ブルータリスト』が描いたのはホロコーストを生き延びた建築家の数奇な半生

アカデミー賞発表前夜ということで、話題作がひしめき合っている2月公開映画の中でも注目されているのが、『ブルータリスト』だ。昨年のヴェネチア国際映画祭で初披露されるや、見事銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞し、また先頃発表されたゴールデン・グローブ賞でも、ドラマ部門で作品賞、監督賞、主演男優賞の3冠を獲得。目下アカデミー賞の最有力候補とも目されている本作は、わたしたちに何を問いかけるのか。

illustration: Yuriko Samo / text: Mikado Koyanagi

監督ブラディ・コーベットと名優エイドリアン・ブロディのタッグが生み出した3時間超の傑作が公開

第二次世界大戦中、ホロコーストを生き延びたハンガリー出身のユダヤ人建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)とその妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)が、戦後アメリカに渡り、運命に翻弄されながらも芸術家として生きる道を見出していく、上映時間3時間半以上にも及ぶ壮大な歴史ドラマだ。

『ブルータリスト』というタイトルは、1950年代にイギリスの建築家アリソン&ピーター・スミッソン夫妻が提唱した「ブルータリズム」という建築様式に由来し、この時期に流行した、文字通り「荒々しく武骨な」表情を持つ、コンクリート剥き出しの建築群のことを指す。

この映画の主人公ラースロー・トートとは、架空のキャラクターなのだが、監督のブラディ・コーベットと、その妻モナ・ファストヴォールドは、建築史家ジャン=ルイ・コーエンの『軍服を着た建築』を読み、ブルータリズムとは、戦争中の建築家たちのトラウマを反映したものだという記述をヒントに、バウハウスでモダニズム建築を学んだトートというキャラクターを造形した。

そこでモデルにしたのが、ナチスドイツの台頭によって、ヨーロッパからアメリカに渡り、彼の地でも活躍したモダニズムの流れを汲む、ミース・ファン・デル・ローエ、マルセル・ブロイヤー、ルイス・カーンのような建築家たちだった。

例えば、劇中トートが、従兄弟の店のためにデザインするスチールパイプを使ったダイニングチェアは、バウハウスにゆかりのあるミースやブロイヤーの作品を彷彿とさせるし、トートが建築家としての本領を発揮し、富豪のハリソン・ヴァン・ビューレン(ガイ・ピアース)の依頼によって設計する礼拝堂は、まさにブルータリズムの代表的建築家カーンの作品を地で行くものだった。

そして、トートはこの礼拝堂を、劇中ほとんど描かれることのなかった第二次世界大戦中に彼が受けたトラウマをダブらせるかのように、冷たいコンクリートで覆われた、まるで要塞のような建物にしようとするのだ。そう、この映画は、その点において、あえて恐怖の対象そのものを描かず、その恐怖を描き切ったジョナサン・グレイザーの映画『関心領域』と響き合う。

さらにトートの妄執はエスカレートし、パトロンであるハリソンとの関係にもいつしか亀裂が生じる。この2人の一筋縄ではいかない複雑な関係は、さながらポール・トーマス・アンダーソンの映画『ザ・マスター』のランカスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)とフレディ(ホアキン・フェニックス)のようだ。この映画は、そうした葛藤の中で、戦争、宗教、人種、言語、社会、経済、芸術など、あらゆるテーマについて深く問いかけてくる。

実際にハンガリーに出自を持つトート役のエイドリアン・ブロディの演技は、『戦場のピアニスト』以来の新たなキャリアの頂点を極めたものだし、ダニエル・ブルンバーグのミニマルな音楽も、セバスチャン・パルドのバウハウスやロシア構成主義を意識したようなタイトルデザインもすべてにおいて抜かりがない。この冬、必見の一本となるだろう。

主人公の人生を形作った、モデルとなった建築家たち