不安と期待を携えながら降り立った、東京の地
アメリカ・ニューヨーク出身のジャミール・マレーさん。これまでに大谷翔平選手のシグネチャーコレクションや、〈ニューバランス〉が手がける別ライン〈クラッチ・アスレチックス〉のスポーツウェアなど、さまざまなアイテムのデザインに携わっている。普段はボストン本社とニューヨークオフィスを行き来しながら勤務する彼が日本を訪れたのは2024年3月。
デザイナーとしての視野を広げるべく、東京・日本橋浜町の〈東京デザインスタジオ ニューバランス〉のオフィスを拠点に、約6カ月の滞在が始まった。
「日本は全く行ったことのない国だったので、仕事面でも生活面でも、当初はやはり不安はありました。一方で、東京には幼い頃からクールな印象を持っていて、興味のあった都市でもあります。まさか自分が行くことになるとは夢にも思っていませんでしたが(笑)、どんな学びや刺激が得られるか、期待感もありましたね」
〈ニューバランス〉では時折こうして、プロダクトを企画、開発する機能を持つアメリカ、イギリス、日本の三国間でスタッフたちが“交換留学”のように行き来をするという。主な目的となるのは、各地のマーケットを知ることでグローバルな視点を養うこと、そしてクリエイティブ面での情報交換をすることだ。ゆえに滞在中のジャミールさんの仕事には、デザイナーとしての本来のタスクのみならず、日本のマーケットやものづくりを学ぶことも含む。
さらには、彼自身が持つグローバル視点に基づき、東京で作られるプロダクトを世界に展開するためのサポートをするのだ。
「日々トレンドが移り変わる東京に来てから、以前と比べて“フォーワードシンキング”をする癖がつくようになりました。それはつまり、アイデアであれテクニックであれ、一歩先の未来を見据えて、絶えず刷新していくことです。グローバルなものづくりをするうえで大切な思考力を養うことができているように思います」
下準備に表れる、日本のクラフトマンシップ
滞在中、「日本のデザインチームの仕事ぶりを通じて、たくさんの気づきや刺激をもらっている」とジャミールさん。特に印象深かったのは、本格的な製作に入る前の“下準備”の綿密さだった。
「アメリカのデザインチームは、デジタル上でスケッチを描いたら、そのまますぐにサンプルを作る工程に進みます。でも日本のチームは、その工程に進む前にすごく手を動かすんです。スケッチができたら、ステッチをどこに入れるか、縫い代をどの位置に持ってくるかなどについて細かくパタンナーと話したり、生地を取り寄せて実際に触ってみたり。下準備として綿密にディテールを詰めているので、やはりディテールまでクオリティが高く仕上がるんですよね。こうしたクラフトマンシップ的な作り方は刺激的でしたし、アメリカの同僚たちにも共有したいと思っています」
一方仕事面のみならず、私生活においても初めての東京。訪れた当初の印象を「巨大な都市なのに、どこへ行っても静かで街の空気が落ち着いていることが衝撃的でした」と振り返る。
「地下鉄に乗っても、週末にショッピングに行っても、空間に人はたくさんいるはずなのになぜかとても静かなんですよね。生まれ育ったニューヨークのブルックリンは常にガヤガヤしていて緊張感があるので、どこにいても楽な気持ちでリラックスして過ごせる東京の雰囲気は新鮮でした。今ではすっかり気に入ってしまって、アメリカに帰るのが寂しくてたまりません(笑)」
装いの肝は、作り手のこだわりと、ほんの少しの遊び心
公私ともに多様なインプットを積み重ね、今変化の最中にいるジャミールさんだが、彼にとって変わらない第一義は、作り手として、日々真摯に服と向き合うこと。ゆえに自身の装いにおいても、作り手のこだわりが随所に詰まっているものを選ぶのが流儀だ。
「色味はシンプルなものを好みますが、形はユニークなものがいいですね。例えばクロップドのトップスだったり、ものすごく太いバギーパンツだったり。あとは、ほとんどの人が気づかないようなディテールにまでこだわりが宿るプロダクトにもグッときます。縫い目の位置が面白かったり、袖の始末が独特だったりと、攻めた要素が盛り込まれているアイテムに惹かれますね」
この日着てもらった〈東京デザインスタジオ ニューバランス〉のアイテムは、シンプルで落ち着いた色味ながらも洗練されたシルエットが特徴。「極めてクールな視点で日常着を捉えたユニークなブランドだと感じている」とジャミールさんも太鼓判を押す。
「機能性の高さや着心地の良さはもちろんですが、ひと捻りあるエッセンスが、ごくごくさりげなく織り込まれているところが素晴らしいと思っています。例えば、今日着ているフレンチテリー素材のトップスで言えば、写真家兼グラフィックデザイナーのウィン・シャの作品がプリントされているところにちょっとした遊び心を感じる。日常において必要不可欠でありながら、日常をカッコよくもしてくれる、すごく稀有な服だと思いますね」
まもなくアメリカへ戻るジャミールさん。日本でのおよそ半年間の経験を経た彼は、今後デザイナーとしてどのような未来を見据えているのだろうか。
「滞在中にお世話になった〈東京デザインスタジオ ニューバランス〉のクリエイティブディレクター・モリタニ(シュウゴ)さんのように、新たな分野やアプローチに果敢に挑戦できる人に成長していきたい、というのがまず一つ。
そしていずれは、後進たちに刺激を与えたり、ベンチマークとしてもらえるデザイナーになれたらなと。それは一着一着のものづくりを通じてなのか、何らかのシステムを変えることを通じてなのかはまだ分かりません。まずは、日本で学んだ“クラフトマンシップ”や“フォワードシンキング”を武器に、一歩ずつ成長していけたらいいなと思っています」
パーカの背面とクルースウェットのメイングラフィックとして採用したのは、写真家兼グラフィックデザイナーとして活躍するウィン・シャの作品。ブレを効かせたエモーショナルな夕暮れの空や、疾走感あるトンネルの写真は、得意とする作風のひとつだ。ソフトフォーカスで捉えたフォトプリントの世界観が、ランニング時の視界のブレともオーバラップする。ボディは優しいペールトーン。パイル状に編み込むことで、タオルのようにソフトな風合いに仕上がっている。
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