好きなアートがひとつ増えた。熊とはそんな付き合い方
「とにかくもう、高野さんの熊に揺さぶられて。それが木彫りの熊を集め始めたきっかけです」
ファッションフォトグラファーの山本雄生さんがその熊に出会ったのは、2021年の春。原宿の〈CIBONE〉で行われた木彫作家・高野夕輝さんの個展だった。時はまさに熊ブーム前夜。周りにも熊好きはたくさんいて、山本さんもいろんな熊を目にしていた。けれど、「世の中にはいろんなものを集める人がいるんだなあぐらいで、僕はわりと冷静に見ていた気がします」。
ところがある時、知り合いがSNSにあげていた木彫り熊の写真が目に留まる。「初めて見る熊でした。あまりに衝撃的で、でもどうしていいかわからないから、先輩の写真家で木彫り熊に夢中の田邊剛さんに連絡してみたんです、“これ、買えるんですか?”って。そしたら、“今、ちょうど展示会来てるから、おいでよ”と」。もちろんすぐに駆けつけて、実物と対面した。
「形はものすごくポップで現代的。それこそジェフ・クーンズの彫刻みたいなかわいらしさです。なのにテクスチャーはとても荒々しくて、ノミの彫り跡がガンガン現れている。そのギャップに新鮮さを感じたんです」と山本さん。高野さんの熊はどれも、現代アートが好きな山本さんに響く魅力を備えていた。
そんな高野さんだが、実はかつて現代美術の世界に携わり、その後は大阪の〈graf〉で家具制作をしていたという経歴の持ち主。10年前に北海道十勝の鹿追町へ移住し、2017年ごろから作品を彫り始めた。いまはもっぱら木彫りの「熊」と「山」を作っている。
「展示では“ポップ円空”というタイトルがつけられていて、その表現がマッチしている感じも面白かった」と山本さん。円空は江戸時代の僧で、生涯に12万体の仏像を彫った仏師。「円空仏」と呼ばれるその仏像は、ノミの勢いや木の質感をむき出しにした荒々しい造形が特徴だ。確かに高野さんの熊はポップな円空仏なのかも――「これ、本当に面白いな。そう思って一体だけ購入したんです。新しいアートを手に入れたような感覚でした」。
自宅のインテリアも、いつのまにか熊中心に
こうしてファースト熊に出会った山本さん。数ヵ月後には新潟にある〈ギャラリータンネ〉の個展で2つめの高野熊を手に入れる。以降も展示会があるたびに出かけ、その時に買えるベストなものを一つずつ。今では他の作家のものを含めると20体ほどに増えたそうだ。
「自宅では、リビング、寝室、廊下などいろいろな場所に飾っています。基本は一ヵ所にかたまりすぎないようにバラバラと。唯一まとめているのは高さ1mくらいの、熊の頭だけが丸太になっている大作の周りです。足元には高野さんが彫る“山”や、“アイロン熊”と呼ばれている抽象熊の小さいの。あとは、一つだけ持っている木歩さん(もっぽさん/北海道・八雲町の作家、引間二郎さんのこと)の熊も並べています」
舟越桂の版画作品やマクドナルドのロゴ型照明といっしょに飾った木彫り熊は、工芸品というよりポップなアート作品の佇まい。「前は写真や絵など平面が多かったりし、小さなものをゴチャゴチャと置くのも好きなんですけど、いつのまにかモノが減って、インテリアが熊中心になっていますね」
「僕は後追いの熊好きです」と山本さんは言う。最初から熊をアートとして眺めているその視線は、蚤の市に並ぶレトロな木彫り熊から始める人や、歴史的な背景まで極める本気のコレクターとはちょっと違うように見える。「なので、周りの人たちから教えてもらうのが楽しいんです。昔の木彫り熊にも興味が出てきたし、どういう流れの中で高野さんのような熊が登場したのかも、後から知って“なるほどー”って」
なんでも、熊好きの編集者や写真家が集まって、酒を呑みつつ熊をめでるクマ会というものがあるそうで、そこにも参加しているのだとか。「まあ、めちゃくちゃ盛り上がりますよね。この間の個展はヤバかったとか、このオークションに出てるのは本物か偽物か、とか、この作家の熊はこういうふうに変化してきたけれど何年ごろのが必見だとか。すごく勉強になります」
こうして高野さんの熊を集め続ける一方で、最近は、“熊センパイ”でもあるエディターの松本有加さんに話を聞き、北海道・八雲町の増田皖應(きよたか)さんの熊も購入した。
「木彫りの熊講座でも勉強されて真面目に彫っているのに、木彫り熊の世界で言ったらアウトサイダーアートっぽいというか、八雲の歴史の中にいるのに、そこから逸脱している自由な造形にファニーな面白さがあるなって僕は思っています」
本人のキャラクターがにじみ出ちゃっているのかも、と言いつつ、「ただ、僕が勝手にそう感じているだけですし、作品に本人を投影して見ているわけじゃないんです」とも。
「僕が見ているのは、やっぱり作品そのものの面白さ。高野さんの熊も増田さんの熊も、もともと好きだった美術の世界に、好きなアーティストがまたひとり加わったというイメージです。絵や写真やオブジェと同じような感覚で、身近に置いて楽しめるのも幸せなんですよね」