知る人ぞ知るウェグナーの名作椅子が、この冬、復刻
「僕がウェグナーの椅子に惹かれる理由のひとつは、構造やパーツが美しいこと。背もたれと脚がこの角度でつながっているからカッコいいんだなとか、木のアームに柔らかなカーブがあるから気持ちいいんだなとか、男心をくすぐられるんです」
アメリカや北欧のミッドセンチュリーの家具に詳しい郷古隆洋さんが訪れたのは、表参道にある〈カール・ハンセン&サン 東京本店〉。広い店内には、ハンス J. ウェグナーをはじめ、コーア・クリントやポール・ケアホルムなど、北欧の巨匠たちの家具が並んでいる。
1908年創業のデンマークブランド〈カール・ハンセン&サン〉は、名だたるデザイナーたちの家具を手がけてきたことで知られているが、そのきっかけは1949年。当時まだ無名のウェグナーと協働を始めたことだった。ウェグナーの新鮮な発想と〈カール・ハンセン&サン〉の職人技術との融合は、CH24(Yチェア)などの名作を次々と生み出し、デンマークデザインの美しさを世界中に知らしめた。
この日、郷古さんが最初に目をとめたのは、「CH621 スウィベルチェア」。生涯で500脚以上の椅子を手がけたウェグナーが、わずか5脚だけデザインした回転椅子のうちのひとつである。今年1月、〈カール・ハンセン&サン〉がデンマークの⽼舗家具メーカー〈ゲタマ〉社の名作コレクションを一部継承することとなり、知る人ぞ知るレアな椅子が復刻されたのだ。
「キャスターの転がり方がなめらかで、動きがとても気持ちいい。仕事がはかどりそうな椅子ですね」と座り心地を試した郷古さん。さらには随所に使われている金属製の金具を眺め、「こういう細部がカッコいいんだよなあ……」としみじみ。「隙のない造形や手で仕上げた質感が、たまらないですね」
「初めてウェグナーの椅子と出合った時に感じたのは、“木って柔らかいんだ”ということ。実際は硬いはずなのに、ウェグナーの椅子にはずっと触っていたくなる柔らかさや丸みがある。今もその印象は変わりません」
木製フレームが印象的な「CH290シリーズ」のラウンジチェアに腰掛けつつ、そう語る郷古さん。「この椅子も、アームにひじをかけると肩の力がスッと抜ける……座面とアームの高さが絶妙なんですよね。お酒を飲んで座ったら確実に寝ちゃいます」
そんな郷古さんに〈カール・ハンセン&サン〉のスタッフが教えてくれたのは、ウェグナーがデザインするうえで「最もシンプルな形に削ぎ落す」プロセスを大切にしていたということ。
「デンマークの工場では、優れたクラフトマンシップと最新の機械加工技術をバランスよく融合させています。ウェグナー自身が“自分の椅子は芸術品ではなく日用工芸品”と考えていたこともあり、よりよいものを世界中の人に届けることができるのであれば、と機械工程の導入に賛同したそうです。とはいえ、100以上の工程は職人たちの手作業によるもの。それが彼らであり、クオリティへの自信にもつながっているんです」

ところで、ウェグナーの椅子はどんな環境で作られているのだろう?
デンマークの工場では、環境に配慮した森林で伐採された木材を使うことはもちろん、生産工程で出た端材は、本社工場や地域の400世帯以上の暖房設備の燃料として再利用しているそうだ。また、良い家具を作り続けるためには、次世代を担う職人の技術と情熱を育てることも必要。創業当初から見習い工の制度を設け、熟練職人が若手に技術を教えるほか、近年では家具職人育成のワークショップ〈THE LAB〉も立ち上げた。
「ものを作る時には、環境や技術を守ること、人を育てることも同時に考える。それが当たり前のように行われているんですね」と感心しきりの郷古さん。継承するのは技術だけでなく、「自分の作品は手で触ってほしい。曲線を手で追って、つなぎ目を見てほしい」と語ったウェグナーの、ものづくり哲学やクラフツマンシップだ。
「ウェグナーの椅子に触れて改めて思うのは、人が自らの頭や手を動かしてたどり着いたクリエイションは、輝きを失わないということです。ウェグナーが数多くの椅子を生み出した1950~60年代は、現代のような情報網もインターネットもなく、実際に足を運んだり自分の手で触ったりすることが創作のはじまりだった。今と比べればだいぶ不便なはずだけれど、だからこそ創造力が鍛えられ、ユニークなものが生まれたんじゃないでしょうか。定番のYチェアにも復刻した回転椅子にも、そういう唯一無二の美しさを感じるし、長く愛され続ける理由もそこにあるような気がします」



















