蓮沼執太が熊野古道でフィールドレコーディング。聖なる森を歩き、耳を澄ます 〜2日目〜

photo: Kiyoshi Nishioka / text: Takashi Sakurai

1000年以上の歴史を持ち、世界遺産にも登録されている熊野古道。今回旅するのは音楽家・蓮沼執太さん。彼がこの地を訪れたのは、視覚だけでなく、聴覚をフルに使って感じるためでもある。フィールドレコーディング機材を携えた蓮沼さんと、音を探して熊野の地を歩く。1日目の様子はこちら
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神域で出会った、奥深い自然が奏でるさまざまな音

2日目 発心門王子〜大斎原

2日目に訪れた「森のベッド」は、水呑王子の少し先、古道からすぐ右に逸れた場所にある。間伐した杉の丸太に寝転んで森林浴を楽しめる。
前日の山深い道とは一変して、里山歩きも楽しめる。発心門王子から水呑王子までの約1.5㎞は舗装路。

2日目は発心門王子から歩き始める。ここから先は熊野本宮大社の神域になる。ところどころにある 「王子」と呼ばれる場所は、熊野三山の御子神を祀る神社で、その数は100以上。かつては旅の安全を祈る場所であり、里神楽などの儀式が行われることもあった。前日とは打って変わって、緩やかな下りが続く。途中に、杉の間伐林を利用した「森のベッド」と呼ばれる場所に出る。間伐した幹をベッドに見立て、その上に寝転んで静かに過ごせる、知る人ぞ知る場所だ。蓮沼さんはマイクのセッティングを始める。

3分間、気配を消すと前日の場所とはまた違った音が降り注ぐ。鳥たちの鳴き声もこんなに多様なのかと驚かされる。時折木々が揺れるキシキシという音も混ざる。山は静かだ、という固定観念をこの旅では良い意味で裏切られ続けている。

蓮沼さんは、ところどころにある社やお地蔵様に律儀に手を合わせながら歩く。静かに手を合わせた時には、録音している時と同じように豊かな自然の音を感じる。かつての巡礼者たちがこの道に感じたのも、こういった自然の雄大さなのかもしれない。そこに神を見出したとしても、まったく異論はない。

熊野古道は、一般的な登山道と違って、ルート上に集落があるのも特徴的だ。森のベッドからしばらく歩くと、伏拝の集落に出る。こぢんまりとした茶畑が道の両側にある、日本の原風景のような場所だ。その集落にある茶屋の奥からは、元気なおばちゃんの声が響く。

「1800年前から湧いてる温泉で淹れたコーヒーどうかね〜」

今から約1800年前に発見されたと伝えられている湯の峰温泉の湯で淹れたコーヒーとのこと。湯の峰温泉は、いにしえの旅人が巡礼の途中に立ち寄り、禊ぎをし、疲れを癒やした場所。フワッとほのかに感じる硫黄の香りがコーヒーの苦味と予想外にマッチする。熊野古道は、世界遺産の中でも、自然遺産ではなく文化遺産として登録されている。景観だけでなく、その文化に触れることで真の魅力が見えてくる。それには、こうして歩き、そこにある生活を感じることが一番だ。さらに30分ほど歩くと、見晴らしの良い高台に出た。「あそこはずっと行ってみたかった場所です」と、蓮沼さんが指差す先には大きな鳥居。かつては、熊野本宮大社があった大斎原。明治22(1889)年の水害で多くが流出したため、現在地に移築された。

荘厳な熊野本宮大社。向かって左手の社殿には、夫須美大神・速玉大神。中央が主神の家津美御子大神。右手に天照大神が祀られている。参拝する順番が決まっているので確認を忘れずに。

旅の締めくくりは熊野本宮大社だ。檜皮葺きの古式ゆかしい社殿が迎えてくれる。中辺路だけでも約116㎞、全国各地はるか遠方から人が訪れたというから、その道のりは果てしない。到着した時のありがたさはひとしおだったことだろう。祀られた4柱の神様に参拝した後、大斎原へと向かう。山の上から見えた大鳥居をくぐり、その奥へ歩いていくと森に囲まれた静かな草原に出る。

「なんだか天国のような雰囲気でゾクッとしますね」

そう言いながら蓮沼さんが録音の準備を始めると、賑やかな外国人観光客がやってきた。すぐ脇の河原に下りて、石投げを始める少年もいる。

もう少しこの静謐な美しさに身を浸していたかったが、熊野三山は貴賤男女の隔てなく、1000年以上誰をも平等に受け入れてきた場所だ。むしろ世界中から巡礼に訪れる地になったことに、祀られた神様たちも驚き喜んでいるかもしれない。

蓮沼さんが以前から気になっていた、熊野本宮大社旧社地である大斎原へ。近年はライブなども行われていて、蓮沼さんも「いつか演奏してみたい」とぽつり。

蓮沼さんはといえば、石投げをしている少年たちの横で、川に防水マイクを投げ入れている。

「帰ってから録った音を聴くのが今から楽しみです。音だけというのは想像力もかき立てられるので、旅の記録としても良いと思います」

熊野の旅を終えてから数日後、彼からメッセージとともに音が届いた。

「音を整えてみました。熊野古道は歩くことを含め、文化遺産ということだったので、歩いた時間軸で旅を一つにまとめました」

そこには音を巡る彼の旅が鮮明に収められていた。目を閉じて、耳を澄ますと熊野の風景が蘇ってくる。

熊野古道 旅のコース
聖なる森で耳を澄ます、熊野古道・中辺路コース(2日目)
スタート地点の発心門王子へは、本宮大社前から直通バスが運行している。バス停から発心門王子は、熊野本宮大社とは逆方向になるので注意。アップダウンの少ない緩やかな道が続くので、のんびりと里山の雰囲気を味わいながら熊野本宮大社を目指せる。そこから500mほど歩くと、大斎原に着く。

蓮沼さんが録音した、熊野古道の環境音が公開中

山道の途中から展望台、水中まで、さまざまな場所でフィールドレコーディングを行った蓮沼さん。旅から帰ったあとで、それらを7分半ほどの一つの音源にまとめてくれた。タイトルは「KK」。詳しくは蓮沼さんのオフィシャルサイトへ。