鉱物産地紀行 スイス・アルパインミネラル採掘記

photo&text: Patrick Reith / edit: Shogo Kawabata / coordination: Yusuke Uchida

世界中で産出するクォーツの中でも、特に美しいと評価の高いスイスアルプス産のクォーツ。その採掘は、標高3,000mを超える高所での常に死と隣り合わせの作業だ。そんな危険を顧みず、情熱的にアルパインミネラルを追い求めるクリスタルハンター、パトリック・ライスがその冒険記を綴ってくれた。

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原文/パトリック・ライス

スイスアルプスの“Strahlen”と呼ばれるクリスタルハンティングの歴史は、7000年前にも遡ることができる。当時の人々は矢尻として、また交易用の物品として水晶を探していた。その後ローマ帝国の建国とともに、装飾用としての水晶への関心が高まっていったのだ。例えば、ローマ皇后リウィア・ドルッシラは、ローマの議事堂に重さ150㎏の水晶を置いて人々の称賛を浴びた。

スイスのセドラン。スモーキークォーツのポケットを探してロープで懸垂下降していく。
写真(上)のロープで下降した後、ポケットから発見されたばかりのスモーキークォーツ。

その後、何世紀にもわたり透明なアルプスの水晶は、科学と芸術においてますます重要な役割を果たしていくようになった。水晶は装飾品や儀式用の聖具、レンズなどを製造するのに必要になっていったのだ。これにより、アルプス地方の住民は、可能な限り透明で高品質の水晶を探すことにますます興味を持ち始めた。今も昔も、なぜ人々は危険や困難を顧みずアルプスに挑むのだろうか。クリスタルの価値は、当時、今日よりも遥かに大きな役割を果たしていた。現代ではより快適に生計を立てる方法もあるが、夏の間険しい山の世界で生活している私にとっては、当時も今もお金以上のものがあると思っている。アルプスでのクリスタルハンティングは、常に死と隣り合わせの、人生を懸けた情熱だ。ここ数十年で登山の技術や装備が飛躍的に向上したが、新しいポケットを発見することが容易になったわけではない。すでに発見されたエリアは誰もが知ることとなり、競争は熾烈を極める。

そのため、私は、山間部のさらに奥、アクセスが非常に困難なエリアを専門に探すことにした。もちろん、冒険が私にとって魅力的だったからでもある。このようにクリスタルハンティングすることは、時に小さな冒険を計画することに近い。ロープやテントなど、様々な装備を氷河や岩肌に沿って数時間かけて苦労して運び、最適な場所を見つけたら、キャンプを設営して夏の間中そこで過ごす。谷に戻るのは、ほとんど週末や雪が降り始めた時だけの生活だ。自然と向き合うとてもシンプルなものだが、私はこの生活を愛している。この仕事は世界中のどんなお金とも引き換えにすることができない。

電気も携帯電話もないテント生活で、本当に自然と調和しているという実感が、クリスタルハンティングの醍醐味だ。そんな私でさえ、毎朝のモチベーションを上げるのを困難に感じる時がある。ひと夏で1〜2個ぐらいしか良いポケットを見つけることができないことがほとんどだからだ。何週間も荒廃した場所や非常に危険な場所を歩き回っても、良い結晶を一つも得られないことも多い。私が登る岩壁の多くは、いまだ一度も登られたことがなく、懸垂下降もされたことがないものばかりだ。そのため、一回始めたら容易に撤退することはできない。

また、鉱物は断層帯や異なる種類の岩石が混在する地層に多く存在する。そうした場所では、良い亀裂が形成されるのだが、残念ながら岩が脆くなり落石が発生することもあるため、我々にとって一番の危険となる。不運なことに、死亡事故がない夏はほとんどない。なんてクレージーな行為だ!だが、その危険性や真夏の雪かきという困難さにもかかわらずクリスタルは私たちを不思議と魅了する。厳しい地形を長距離移動するため、採掘は軽装備の道具のみで行う。古典的な採掘の道具としては、スティック(軽いバールのようなもの)、ドライバー、結晶を引き抜くための細長いフック、そして、もちろんハンマーとノミが定番だ。一度見つけたら隙間から、数日から数週間かけてできるだけ丁寧に、傷がない状態で結晶を回収する作業が必要になることが多い。岩石のポケットの入口を開くロックボルトを打ち込む時の緊張感はたまらないものだ。そして、初めて隙間に手を伸ばし、運良く1500万年もの間、暗闇の中で天候や氷河期に逆らってきた完璧な結晶たちを引き抜いた瞬間は、何ものにも代え難い。すべての努力に値する瞬間だ。

岩と氷河の間を登るという、信じられない体験。夕方には小さなクラックが開き、大きなポケットへ!

スイスアルプスのクリスタルは、危険と幸運、3000mを超える高地での信じられないような夕日、そして、クリスタルハンターたちの挑戦によって、その真価を作り上げている。今後10年から20年、氷河の融解により、新しいポケットを発見するチャンスがあるだろう。しかし、その後は、氷河があった大きな場所を横断しようとすると、岩場と落石があるだけだ。

そして、そのような場所ではベースキャンプを張ることができない。氷がなくなってしまうと、飲むための水もなくなり、1~2日しか滞在できず、その後は谷に戻らなければならなくなるため、山の上で探索する時間はかなり少なくなる。結果的には、良い発見ができる可能性はどんどん小さくなるだろう。しかし、だからこそ、この山には宝物のような喜びと魅力がある。特に近年、私が採掘した結晶が世界の重要な鉱物博物館やコレクションに採用されることがある。また、高級美術品としても、稀少な鉱物の人気は高まる一方だ。もちろん、これは非常にありがたいことだ。何しろ、これでプロのクリスタルハンターという人生を懸けた夢をもう少し長く見ることができるのだから。

私がこれまでに見つけた中で最高の標本の一つ。暗い裂け目の中で、15㎝の大きなグウィンデルと、水のように透明なスモーキークォーツを見た時の感動は、一生忘れることができない。

行けども行けども白銀の世界。ヨーロッパアルプス最高峰モンブランにて。

標高が高いところは常に雪で覆われているので、氷を溶かすことも。

この写真を撮った2日後に大きな岩崩れがあり、私たちの水晶が入ったポケットはなくなってしまった。

石英が岩石の表面まで出ているポケットは稀少。スイス・セドラン、ヴァル・シュトレム。

ポケットから発見された完璧なスモーキークォーツのグウィンデル。サイズ10㎝。

スイス・ベルナーアルプス、キエンタール産。特殊な形状のウィンドウクォーツ。サイズ12㎝。

無数のファセットを持つグウィンデルの結晶。スイス・セドラン、ヴァル・シュトレム産。サイズ10㎝。

そんな中でも、アルプスのクレバスで最も切望され、世界でも最も稀少な水晶の形状の一つとして数えられているのが、美しく雄大にねじれた形状の「グウィンデル」だ。私自身、過去10年間でグウィンデルを見つけることができたのはほんの数回。グウィンデルはスイスアルプスの中でもわずかに分布する花崗岩の中からしか採掘されない。そこからもグウィンデルが見つかることは非常に稀で、例えば1000個の美しい水晶があったとしたらその中でも1つあるかないかといった程度だ。また、50個のグウィンデルが見つかったポケットがあっても、同じ岩石のわずか2m程度下の割れ目で探しても1つも見つけられないこともある。とにかくグウィンデルの採掘には地道な多くの努力を要するのだ。だからこそグウィンデルは、水晶を探し求める私たちを惹きつけてやまない。

あのねじれたグウィンデル特有の形状や成長の過程を科学的に解明しようといくつかの専門的なアプローチがあった。結晶の溶液が冷える時間と成長の時間に関係があるといわれているが、これまでのところ誰もその謎を解明することはできていない。私にとってはこれもグウィンデルの魅力の一部だ。しかし、グウィンデルは必ずしも昔から人気があったわけではない。かつて水晶が主に研削目的で求められていた時代は、このような細くてねじれた結晶は使い物にならなかった。数年前、ウーリ州でのアブセイル(懸垂下降)ツアーで、あるチームがクレバスの前で苔に完全に覆われた山積みのグウィンデルを見つけた。かつて価値のなかったグウィンデルは採掘されても山に置き去りにされ、それを苔が覆い隠していたのだろう。今では考えられないことだが、当時は想像できなかったのだろう。その本当の価値は。