豊田市美術館(愛知県)で2月15日から始まった展覧会「サンセット/サンライズ」。「サンセット(日没、夕暮れ)」と「サンライズ(日の出、夜明け)」という、毎日、誰にでも、平等におとずれる美しい自然現象に注目し、そこから派生する多様なイメージを手がかりに、同館のコレクションを大々的に紹介する試みだ。さらに招待作家として、愛知県にゆかりのある小林孝亘を迎え、彼の静けさと強い存在感をもつ作品を案内役に、展覧会が構成されている。
日没から日の出までの時間
太陽が隠れている“もうひとつの日常”
ほぼ全館にわたり展開するこの展覧会は、眠りと目覚め、終わりと始まり、死と生、闇と光など、6つのテーマをもとに構成されている。これらの、生きる人間の儚さと強さ、相反する価値観やそのあわいなどをも表す意味の広がりは、芸術家たちの創造の問いかけと重なりあうものだ。また本展のタイトルが、日の出から日の入りという流れとは逆の「サンセット/サンライズ」となっているところもポイント。日没から日の出までの時間、つまり太陽が隠れている“もうひとつの日常”ともいうべき時間に眼差しを向けている。
企画者である都筑正敏さんによると、この展覧会を考えた際に念頭にあったのが、新型コロナウイルス感染症の拡大だという。
「見えないウイルスという敵に怯え、明けない夜が支配して、永遠に本当の朝が来ないのではないかと思うような日々を過ごしていたのです。そうした永遠の夜を抜け出して、微かな夜明けを語る展覧会を開催することはできないか、これがこの展覧会のタイトルに込めた密やかな思いでした」(カタログテキストより)
ステイホームのイメージを描いたかのような
小林孝亘の新作《Home》から始まる展示
具体的に展示を紹介していこう。本展は、招待作家である小林孝亘の新作《Home》(ステイホームのイメージを描いたかのような絵画作品)から始まる。第1章のテーマは、「マジックアワー」だ。撮影用語で、日没と日の出の前後に現れる薄明の神秘的な時間帯を指すこの言葉。久門剛史の、空を描いたようにも見える版画作品や、丸山直文や村瀬恭子の幻想的な風景にも見える抽象画など、謎めいた瞬間を浮かび上がらせた作品が並ぶ。
第2章のテーマは「眠り/目覚め」、続く第3章は「死/生」だ。太陽の動きに連動する生きものたちのこの営みは、夢と現実、あるいは非現実と現実をつなぐ営為であり、大きな意味の広がりを持っている。また眠りと目覚めは、死と生のメタファーとして語られることも多い。第2章では、森千裕や村瀬恭子の作品の他、「夢」が重要なモチーフでもあったシュルレアリスムの作品、ブランクーシの《雄鶏》などが展示されている。
また、第2章と第3章をつなぐ作品として、イケムラレイコの絵画が連なる。ぼんやりとにじむようなタッチで、宙に浮かんだり地面に這ったりするような少女の姿は、相反する二つの世界のあいだに漂う不思議な存在のように見える。
第3章「死/生」は、多くの芸術家のテーマにもなってきた。死を繰り返しモチーフとして作品にしてきたボルタンスキー、河原温のデイト・ペインティング(〈Today〉シリーズ)、川内倫子の写真作品などが並び、静謐な雰囲気が漂う。
第4章は「見えない/見える」。視覚の束縛をこえて、世界を見ることを問い直すセクションとして、ソフィ・カルの《盲目の人々》の前に、小林の初期の作品で、潜水艦を描いた《Hard Shell》が展示されている。
第5章のテーマは「黒/白」。モチーフの陰影や質感を際立たせ、作品に豊かな表情をもたらす作品たちが大空間を埋める。なかでも白い作品が並ぶコーナーは、草間彌生の初期を代表するシリーズ〈インフィニティ・ネット〉の作品や、李禹煥、高松次郎の影の絵画、ヴォルフガング・ライプの彫刻など、豪華なラインナップだ。
次の部屋では、森村泰昌の映像作品が。ウォーホルとその被写体に扮した森村が、撮る撮られるの関係を演じている。さらに次の部屋に向かう途中の通路には、ともに愛知県立芸術大学出身という、小林と横山奈美の版画とドローイング作品が、並んで展示されている。
圧巻なのが、篠原有司男の《ボクシング・ペインティング》。なんと全長18mもあるという。これだけ大きな作品がゆったり見られる機会もなかなかない。
展覧会のエピローグは「終わり/始まり」。因習的な表現に対して大幅な刷新を図り、次代の扉を開いた作家たちのイマジネーションあふれる作品が多数展示されている。国内作家は〈具体〉を中心に、海外作家のコーナーには同館の珠玉のコレクションでもある、フランシス・ベーコン、オスカー・ココシュカ、ルーチョ・フォンターナ、イヴ・クラインなどがある。
「サンセット/サンライズ」展はこれで終了。別室では、招待作家である小林孝亘の新作展「真昼」が開催されている。
招待作家である小林孝亘の
新作展「真昼」も同時開催
企画者である都筑さんは、かねて以前から小林の作品に注目していて、いつか一緒に仕事をしたいと考えていたそう。今回、大々的にコレクションを展開するなか、どのテーマにも小林の作品がなじんだことに驚いたという。
「この展覧会のテーマを考え始めていた頃から、小林さんの作品をフィーチャーするイメージはありました。進めてみると、どの部屋のどのテーマにも彼の作品がフィットしたので、全体にちりばめることにしました。それで彼のアトリエを訪問してみたら、たくさんの新作があって。とても魅力的だったので、別室を設けて展示しました」
日常的な風景やモノをニュートラルに描く小林の作品。ただそこには今の時代の特徴も読み取れる。
「小林さんの新作はとにかく大きい。しかも、浜辺に大きな陶器があるとか、机が積んであるといった様子は、いざ波が来たらすぐに崩れてしまいそうな緊張感もたたえている。「サンセット/サンライズ」展では視界がきかない夜の時間をテーマにしていますが、いつかコロナ禍という夜が明けて“真昼”となっても、社会や環境が抱えるさまざまな問題はまだ残るでしょう。彼の絵には、その不安定さやバランスのきわどさが表れているように見えます」
この新作展では、小林自身が豊田市美術館のコレクションから選んだ作品も展示されているので、お見逃しなく。
コレクションの活用が全国の美術館で話題となる昨今、一つのキュレーションのもと、一人の作家をフィーチャーしながらコレクションも見せるという方法はなかなかない。今回の大規模な展示は、改めて同館の豊かなコレクションを味わうと同時に、通奏低音のように流れる小林の作品を堪能する機会になるはずだ。