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学ぶ

編集者・岡本仁の、“学び”方のスタイル。わからないものを、そばに置くのは大事

クリエイターには2種類いる。学んだことをすぐに自分流にアウトプットする人と、気になるから取っておくけどそのままにする人。編集者の岡本仁さんは後者。しかも「それが何だかわからないままそのまま置いておくんです。出番だよと、向こうから言ってくれるまで」。岡本さんと「BE A GOOD NEIGHBOR」という言葉をめぐる話。

Photo: Megumi Seki(Okamoto portrait), Hitoshi Okamoto(coffee kiosk) / Edit: Izumi Karashima

気になった言葉はずっと抱え続ける。
取り出すたびに発見があるから。

これはそのうち何かの役に立つかもしれない。それはモノを捨てられない人の口癖だ。でも、「ときめくか、ときめかないか」のどちらにも分類できないあいまいなものこそ人生を面白くする。
編集者・岡本仁さんはまさにそう。「そのうちときめくかもしれないもの」であふれかえっている。

「気になったから取っておいた、連れて帰ってきたものが未整理のままあるんです。あるものは物理的に、あるものは頭の片隅に。何かになるかもしれないし、ならないかもしれない。

でも、それをずっと置いておくのは、あ、これってそういうことだったのかとずいぶん経ってから気づくことがあるからなんです。
突然、それとは全然関係がないと思っていた人やものや事柄とつながったりして。それを大事に取ってあることを忘れてしまうこともあるけれど(笑)」

岡本さんは、2000年代のカルチャーシーンを牽引した雑誌『リラックス』の編集長を務め、本誌や『クウネル』などでも活躍した名エディター。09年、マガジンハウスを退社し、もの作りの会社〈ランドスケーププロダクツ〉へ。
現在は、本や雑誌のほか、音楽イベントをプロデュースしたり、美術館で作品展示の監修をしたりするなど、編集の枠を拡大して活動中だ。

実は2021年7月、〈鹿児島県霧島アートの森〉で岡本さんの展覧会が開催される。題して『岡本仁展「楽しい編集って何だ?」』。編集者のレトロスペクティブを県立の美術館で行うこと自体が珍しいが、それだけ岡本さんが残してきた足跡が大きいということの証し。
一体どんな展示になるのかと聞くと、「さて、どうしましょう」と岡本さんは笑った。

「どう展示するのかちょっとアタマを悩ませていて。そもそも僕が作った雑誌は“作品”ではないわけで。雑誌はアートディレクター、フォトグラファー、ライター、イラストレーター、いろんな人の手を借りて作るもので、僕個人の作品ではない。

しかも今は、出版社の編集者ではないので、“カタチのあるものを作る会社でカタチのないものを担当してます”と説明すると、だいたいみんなキツネにつままれたような顔をする(笑)。
そこで、“編集ってどういうことなの?”をテーマに、何に役立つのかわからずに取っておいたAというものがBとなった、その過程を見せる展示がいいのかなって」

その一例が、ロサンゼルスの路上で目にしたサイン「BE A GOOD NEIGHBOR」が千駄ヶ谷のコーヒースタンドになるまでの話だ。

千駄ヶ谷〈BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOS K〉外観
2010年、千駄ヶ谷に〈BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK〉をオープン。毎日気軽に通える近所のコーヒースタンドがコンセプト。郵便配達の人も立ち寄る「よき隣人」になっている。

わからないものを
そばに置くのは大事。

今から21年前、2000年10月号の『リラックス』。チャールズ&レイ・イームズの特集で、岡本さんは〈イームズ・ハウス〉の取材で初めてロサンゼルスへ。

「そこで泊まったホテルの前の道路に“BE A GOOD NEIGHBOR”というサインがあったんです。要するに、犬を散歩させてる人たちに向けてのメッセージで、犬はちゃんとリードで引いてください、後始末はあなたがするんですよ、という意味のもので。

日本だと“○○するな”と書くけれど、“いい隣人になりましょう”は、相手の人格を尊重するいい表現だなと。気になったのでポラロイドでそのサインを撮ったんです」

そこから時は流れ。04年2月号の『リラックス』。今度はサンフランシスコへ。市井の人々の暮らしを紹介する特集だった。インタビュアーは松浦弥太郎さん、写真は若木信吾さん。

「そのとき、インタビューを受けてくれた人たちが“neighbor”とか“neighborhood”という言葉を盛んに使っていて。
路上の注意書きから一歩進んで、小さなエリアのコミュニティをどう作り、どう気持ちいい関係性を築くのかということに関係する言葉なんだなと。そのニュアンスがなんとなくわかり、僕の中でさらに意味のあるものとなっていったんです」

そして、老舗カフェ〈トリエステ〉に集う客たちのポートレート撮影も同特集の別ページで行った。「そのとき、店の外の新聞販売機の上に飲み終えたコーヒーカップが置いてあって。
それは、常連客が外でコーヒーを一杯飲んで去った跡。忙しくて立ち飲みで済ませたのか、満員で座れなかったのか。どちらにせよ、“いいネイバーフッドにはいいカフェが必要なんだな”と確信したんです」

そこから1年後の05年。『ブルータス』編集部へ異動した岡本さんは、芝浦に新しくできるマンションのための広告ページを担当することに。

ここで岡本さんが提案したのが、「いい隣人に恵まれるために、われわれは何をすべきか」というテーマ。温め続けた「BE A GOOD NEIGHBOR」がニョキニョキ顔を出した。

「部屋とか立地は選べるけれど、隣人は選べない。ここはいい隣人が集まるマンションだ、ということをコンセプトにしたらどうだろうと。

それで、松浦弥太郎君にロスへ行ってもらい、あのサインの場所で写真を撮って、エッセイを書いてもらって。そして、マンション建設予定地の隣に記事にちなんだ〈グッド・ネイバーズ・カフェ〉も企画したんです。
そこでカフェの内装を担当したのが現在所属するランドスケーププロダクツの中原慎一郎君でした」

そして09年。ランドスケーププロダクツの一員となった岡本さん。代表の中原さんに「何かやりたいことはありますか?」と聞かれ、「コーヒースタンドを作りましょう」と即答した。毎日立ち寄りたくなる〈トリエステ〉のようなコーヒースタンドを作り「いい隣人になりましょう」と。

編集者・岡本仁
『岡本仁展「楽しい編集って何だ?」』は鹿児島県霧島アートの森にて開催。2021年7月16日〜9月12日。回顧だけでなく新作も。タブロイド新聞から新作レコードまでいろいろ。

「というのが“BE A GOOD NEIGHBOR”という言葉をめぐる話です。
ロスの路上で見たサインが、千駄ヶ谷のコーヒースタンドに変わるまで。一つ一つは全然関係ないことなんだけど、何度もカタチを変えて顔を出す。もしかすると、僕の人生を左右する言葉なのかもしれないなって」

ぬか床のようにぐるぐる回って。

「そう(笑)。最近はみんな、その場でわからないものは必要のないものとして処分したがる。結局、わかんないまま一生を終えて、ゴミとして残ってゴメンねというものもたくさんあるけれど、役立つかどうかわからないものをそばに置いておくのは大事だなって。僕が編集者人生で学んだのはそういうことだと思うんです」