染谷将太さん、大河で演じる歌麿の作品とご対面
江戸時代中期の浮世絵師・喜多川歌麿は、「美を探求し、美を知ろうとした人」だったのではないか。俳優の染谷将太さんは、歌麿にそんな印象を抱いたという。江戸の版元・蔦屋重三郎をめぐる物語を描く大河ドラマで、歌麿を演じると決まった昨年のことだ。
この日、染谷さんが訪れたのは、東京・上野の〈東京国立博物館〉。対面したのは館所蔵の《婦女人相十品 ポッピンを吹く娘》。ご存じ、歌麿の代表作である。
「画集などでは何度も目にしていますが、本物を見るのは初めて。きれいですね、でもきれいなだけじゃなくて、動きを感じます」と話す染谷さんに、「まさにそうなんです」と答えたのは、ドラマの近世美術史考証も担当する東京国立博物館の松嶋雅人さんだ。
「描かれているのは16、17歳の娘さん。口にくわえたポッピンは、当時の最新トレンドだったガラス細工のおもちゃです。装いも華やかですから、モデルは大店(おおだな)のお嬢さんでしょう。着物の袖が揺れているのはなぜだと思いますか?彼女はおそらく、不意に声をかけられて振り返った。その勢いで袖がひるがえった瞬間を描いたんです。声の主は気になる男性だったかもしれません。娘さんの一瞬の心のありようが、動きにも表情にもありありと表れています」
そう聞いて、染谷さんがちょっとうれしそうにこう言った。
「歌麿は人の心を描ける絵師だった、ということなんですね」
「僕、実在した表現者を演じるのは初めてで。歌麿は史料がほとんどなくて謎に包まれているけれど、本人が表現した絵そのものが今も残っている。実物を博物館で見ることができるのは、とても大きな手がかりになると思います」
と染谷さん。実は小さい頃から美術館や博物館によく通っていたそうで、地方ロケの合間に時間があると、その土地の美術館で過ごすことも。そんな染谷さんが、歌麿の絵を見て「美を探求する人」だと感じたのはなぜなのか。
「憂いや切なさを感じたんです。演じることになるまでは、浮世絵には江戸の町らしい明るさが求められていると思っていた。ところが、絵と深く向き合ううち、歌麿が描こうとしたのはそういうものではない気がしたんです。人の容姿や外見の美しさよりも内面を知ろうとし、その人の暮らしを想像した……描こうとする相手の人生を、筆に乗せていたのかも。漠然とですがそう思いました」
すると松嶋さんが、我が意を得たり、といった面持ちに。
「私もそう思いますよ。歴史上の美人画は、たいてい男性目線で描かれていた。でも歌麿の美人画は何かが違うんです。目の前の女性がその時に感じていた気持ちを、彼は理解していたのでしょう」
女性への高い共感性が歌麿の才能。その解釈にうなずく染谷さん。
「女性に共感できているから表現できるんですよね。僕自身は役者として演じる時、人の気持ちがわからないと、絶対にその人を表現できない。絵を描く時もきっと同じなのだと思います。お話を聞いて、ぼんやりしていた歌麿像の輪郭が少し見えてきました」