大都市の近郊に広がる、肥沃な大地の恵み。
大地の変化、という意味において旅の拠点たるパースは象徴的な都市だ。
スワン川とその支流であるカニング川が合流する地点であり、街全体を見下ろすように丘がある。冬には雨が降り空気を潤すために、その丘には自然の森があり、都市に隣接する公園・キングスパークとして残されている。
400ヘクタールもの敷地内には、およそ3000もの西オーストラリアの固有種が植えられ、ボタニカルガーデンとして整備され、大地の多様性を知ることができる。
アボリジナルの人々に精霊の宿る場所と考えられているバオバブまで移植されていた。太陽の動きに近い時間で活動をしているパースの人々は、出勤前、日の出の頃にやってきてランニングをしながら、都市に隣接する自然を謳歌している。サンセットの時間には芝生に寝転び、夕日が街を染めるのを眺めていた。
1829年、イギリスの入植によって西オーストラリアの開拓は始まる。
パースは首府として建設され、20㎞離れたスワン川の河口はフリーマントルという港町に、上流の肥沃な大地はスワンバレーと呼ばれて農園として開拓された。それぞれの街の役割はおよそ200年を経過した現在もそれほど変わっていない。
パースには政治経済の中心として高層ビル群が立ち並び、フリーマントルには巨大な船舶が寄港している。
パースから足を延ばして、大地の恵みを確かめに行く。
パースから車で30分の距離にあるスワンバレーは現在、大小50を超えるワイナリーを抱える産地に育っている。
歴史ある大きなワイナリー以外にも、小ロットの生産者も多く、そのうちの一つ〈lancaster〉でテイスティングをすると、目の前のブドウ畑を指して「その一列で造ってる」と言われた。
醸造家が小さな畑ごとに分かれ、数人が集まって〈lancaster〉ブランドを作っているのだという。小ロット生産のいわばクラフト的な考え方には、多様性を重んじる風土が影響している。1950年代に始まる移民政策によって、スワンバレーにもヨーロッパからの移民が増え、多様なワインへの試みが花開いた。
〈lancaster〉のような小さなワイナリーのワインは、流通に乗らず、現地でしか飲むことができない。
大地を味わう「テロワール」という意味においては蜂蜜も思想を同じくする。
スワンバレーにある専門店〈THE HOUSE OF HONEY〉では広大な西オーストラリア各地で採取された蜂蜜を販売しているが、中でも蜂蜜の一つの指標である抗菌活性力(TA)が世界最高峰のジャラやカリなど、ユーカリの森で採取された蜂蜜が揃っている。
TAは森の健康状態に左右されるという。つまり、森の豊かさの印だった。そのユーカリの森を見るために、3時間のドライブで南部のマーガレットリバーへ向かうと、パース近郊とは異なる風景が広がり、ユーカリの巨木が静かな空気を湛えていた。
北の赤い荒野と南部の森と。パースはその合流地点にあって、多様な大地を祝福している。
穏やかな風が吹くパースの街を歩く。
都市に隣接する公園としては世界最大級、ニューヨークのセントラルパークよりも広いキングスパークは、パース市民の憩いの場。
スワン川越しに街全体を眺めることができる。西オーストラリア各地域のワイルドフラワーが植えられ、いわば植物のショーケースに。必然、ワライカワセミやマグパイなど、多くの野鳥が暮らす楽園にもなっている。