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街を決してあきらめない。人情がつなぐ、山口・長門湯本の再興物語

観光客の激減から、驚くべきやり方で復活を遂げた山口県・長門湯本(ながとゆもと)温泉。賑わいを見せる温泉街の中心に、20253月、新たな宿泊施設〈SOIL Nagatoyumoto〉が誕生。その裏側には、もうひとつの再生の物語があった───。

photo: Akira Sakuma / text & edit: Asuka Ochi

全国が注目する、かつてないユニークな街づくり

山口県北部の長門湯本温泉。室町時代から約600年の歴史を持つ小さな温泉街には、人々が手を取り合うことで街に賑わいを取り戻したという、胸打つストーリーがあった。

遡ること、昭和の観光ブーム時代以後。かつて全国から人々が押し寄せた温泉街は、バブル崩壊による打撃で静まり返った。どの旅館も観光客の激減に苦しみ、温泉街は寂れ、ついには街で150年続いた老舗ホテルが廃業。2014年のことだった。

そこから始まったのが、行政任せではない、地域企業や住民たちが一丸となっての町おこし。その方法は革新的で、老舗ホテル跡地に〈星野リゾート〉を招致して起爆剤とするなど、ここ数年で息を吹き返した温泉街の再興は、全国の観光地から注目を集めている。

温泉街に訪れた、もうひとつの危機

今、温泉街として活気を取り戻した長門湯本は、中央を流れる音信川(おとずれがわ)沿いを行き交う人で賑やかだが、実は、その裏で街は、もうひとつの大きな問題を抱えていた。

その舞台は、街のシンボルである立ち寄り湯〈恩湯〉から徒歩数歩の老舗旅館〈六角堂〉。約130年の歴史を持つが、後継者が見つからず、40年前に長門に嫁いだ秋山治子さんが、長年一人で経営を続けてきた。

温泉街の風景
そぞろ歩きも楽しい温泉街。橋の左に立つのがかつての〈六角堂〉。
秋山さん
〈恩湯〉の湯上がり処でお話を聞かせてくれた秋山さん。

「13年前に夫が亡くなってから、旅館を引き継いでくれる人を見つけたら辞めると決めて探していたのですが、なかなかまとまらなくて。建物を修繕する費用もないし、閉めて駐車場にすることも考えていましたが、場所があまりに温泉街の中心部すぎたんですよね。せっかく盛り上がってきた温泉街で、ここを更地にするのも忍びなくて……」

困った秋山さんは地元の山口銀行に相談。その後、温泉街のリブランディングを担当する、長門湯本温泉まち株式会社の木村隼斗さんに話が伝わり、広島・瀬戸田や東京・日本橋で宿泊施設や飲食店の運営を通してまちの開発に携わる〈Staple〉へとつながった。

そしてついにこの度、〈SOIL Nagatoyumoto〉が開業。秋山さんも長年の心配から解放され、無事引退。めでたし、めでたしだ。

事業のためでなく、地域のためのホテルづくり

さて、〈Staple〉が長門湯本に進出するまでにも、また別の物語がある。オープンしたばかりの〈SOIL Nagatoyumoto〉でエリアマネージャーを務める黒木涼さんが、東京から長門湯本のシェアハウスに寝袋一つで移住したのは、開業からちょうど1年前の2024年3月だった。

〈SOIL Nagatoyumoto〉エリアマネージャーの黒木涼さん
開業したばかりのホテルを案内する黒木さん。奥に写るのが長門湯本のエリアマネージャー木村隼斗さん。

「街の人が温かく迎え入れてくれたおかげで、夏の納涼会に参加してお年寄りと触れ合ったり、年に1度の湯本南条踊の稽古をしてもらったり、街に住んで地元の人や歴史、文化などに触れながら、どのような施設にするのがいいかを考えていくことができた。街のみなさんがいたから、作り上げることができたホテルになったかなと思っています」

誰もがゆるやかに街と施設を行き来できるようにと設計された〈SOIL Nagatoyumoto〉では、街の人や宿泊者以外の観光客にも、レストランやサウナの利用、アクティビティへの参加などを歓迎。館内にはあえて大浴場をつくらず、宿泊者は街の立ち寄り湯を利用する。ホテルを通して地元の人たちとの交流の場をつくることが、地域に一役買うばかりか、観光客にとっても旅の醍醐味となる。

そして、秋山さんは今……

完成したばかりの〈SOIL Nagatoyumoto〉を訪れ、「こんなにキレイになってねぇ」と感慨深そうに語るのは、ここで〈六角堂〉を経営していた秋山さん。

「ホテルの建物の所々に昔の名残をとどめてくれているのは、うれしいことですね。これまでは一年中休みがなくて、旅館から出ることもほとんどなかったから、1階のレストランのピザも食べてみたいし、街のいろんなお店を巡るのも楽しみで。長門はお湯もいいし、人がみんな優しい。本当に助けてもらってやってきましたから。これからもっと温泉街が盛り上がるといいなと思っています」

イタリアンレストラン〈TARU〉のピザ
〈SOIL Nagatoyumoto〉1階のイタリアンレストラン〈TARU〉では、薪窯で焼き上げたピザなどを提供。

新しいホテルの完成で、ますます魅力的に転換しようとする長門湯本温泉。どの街にも似たようなテナントが入った駅前ビルができ、よくある街や人が置いてけぼりの開発に無力感を覚える中で、やはり街をつくるのは人なのだという当たり前のことに気付かされるのだ。

すっかり長門湯本のファンになった〈staple〉のメンバーたち。