寺尾紗穂さんが数年前から続けているのは、日本全国に伝わってきたわらべ唄の収集だ。自身のアルバム『わたしの好きなわらべうた』2作に、それらはまとめられている。そして、その中でも重要な一部を占めるのが、数々の子守唄。
「日本では『五木の子守唄』がそうですけど、子供をあやす子守の娘たちが境遇を嘆く守り子唄も多い。でも、その中に『ねんねしなされ』(熊本・葦北の守子唄)など、宝石みたいにきれいなメロディで子供を眠りに誘う曲があるんです。
歌詞の可愛らしさや、イマジネーションの豊かさにも惹かれます。『ねんねんねむの葉っぱ』(長野・野沢温泉の子守唄)は私が好きで子供たちによく歌っていた曲。月からウサギがお餅を持ってきたり、“いものお舟”みたいな楽しいワードが出てきて、子供たちも大好きでした。
子守唄の“ねんねん”という言葉も地方によっていろいろあって、“ねんねんネコのケツ”とかもあります(笑)。歌う人の数だけバリエーションがあって、どれも正解なんですよ」
子守唄には、怖さや寂しさで子供を怯えさせる“脅し唄”が少なくない。寺尾さんが子供心に惹かれた「ケンタウロスの子守唄」(作詞・筒井康隆、作曲・山下洋輔)もそんな伝統を継承する曲だった。
「子供って、絵本でも物悲しくて暗いお話に聞き入ったりするし、子供なりに気になるところがあるんでしょうね。『ケンタウロスの子守唄』は母がよく歌ってくれて、ねんねが嫌いなら砂漠の星に捨てようかという歌詞なんですが、私もあの寂しさは不思議と心地よく感じました」
長野県下高井郡野沢温泉村で生まれた、「ねむの木」がテーマの子守唄。「夜に葉を閉じる習性を持つねむの葉のようによく眠りなさい」と歌われている。
眠りと無意識の記憶を呼び覚ますララバイ
一方、大人が眠る前に聴く子守唄としてレコメンドされたのは、アイヌの歌い手である安東ウメ子による地域の伝承曲「Ihunke」だ。
「“イフンケ”とは子守唄のこと。歌詞の意味が直感的にわからない分、音として安東さんの歌声に耳を傾けると、より心地よく大人も眠りに入れる気がします。アイヌに伝わる子守唄をこうして残したこと自体が貴重ですが、このバージョンでは歌声を生かすようトンコリ(樺太アイヌに伝わる弦楽器)奏者のOKIさんの演奏がシンプルに寄り添ってアレンジされています」
大人にとっての子守唄体験は、幼い日に無意識で記憶していた感覚を呼び覚ますかもしれない。ただし、核家族化が進む現代では「子守唄で育った人の方が少なくなっている気がする」とも、寺尾さんは語る。
「やっぱり、家族や大人が添い寝したり、抱っこしたりしながら歌ってくれる安心感が大きいですよね。言葉の意味がわからない赤ちゃんでも、その歌が始まると特別な時間に入るという感覚はあるでしょうから」