最強の“睡眠映画”TOP5
小柳帝
我々のような映画好きでも、実は観賞中に寝落ちすることは珍しくありません。ところがバツが悪くて寝たとはなかなか言えない。
鈴木里実
私は〈Stranger(ストレンジャー)〉という映画館で働いていますが、お客さんから感想を聞くことはあっても「寝ちゃった」と言われたことはありませんね。
小柳
本当は眠ることも含めて映画体験だから「寝てしまった」という語りもアリだと思うんです。「寝る=駄作」ではないですから。
鈴木
映画って夢に似ていますよね。暗闇でスクリーンに目を凝らすのは、夢を見ている状態に限りなく近いというか。そういう意味でも、映画と睡眠は親しい関係かなって。
小柳
いきなり見事な結論を出されてしまいました(笑)。鈴木さんとなら、映画好きたちの寝落ちの罪悪感を和らげられそうです。
鈴木
罪悪感なく寝られるという意味では、オールナイト上映が一番いいですよね。特に池袋の名画座、新文芸坐でのオールナイト特集は必ず寝ます。1本目は集中するけど、2本目の途中で疲れて眠り、3本目もまどろんで、4本目で覚醒する。劇場を出て朝日を浴びながら「私たち頑張ったね」と、無言の一体感を感じるのが好きなんです。
小柳
新文芸坐は睡眠映画の代表的作家、アンドレイ・タルコフスキー(*1)のオールナイト上映も頻繁にやりますね。
鈴木
タルコフスキーの場合、観客みんなが「寝ていいよね」という共通認識を持っている気がして心地いいんです。監督自身、眠らせるつもりで撮っているのではと思えてきます(笑)。
小柳
緩慢に流れていくタルコフスキーの長回しは作品への没入を促しますよね。没入すると、あの映像美が夢のように感じられてきて、いつの間にか眠りに誘われてしまう。一種のトリップですね。映画と夢がシームレスにつながる。
鈴木
日本の巨匠でも溝口健二の絵巻物的な長回しは眠くなります。でも、同じ長回しでも相米慎二は覚醒する。あれはアクションを撮っているからでしょうか?
小柳
そうでしょうね。長回しだけどアクションで分節化されているから目を見張ってしまう。近作ではビー・ガンの『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(*2)が優れた睡眠映画だと思いました。主人公がトラウマ的な記憶を遡行する後半の自分語りは夢そのものでしょう。
鈴木
3D上映に切り替わってからの60分長回しの没入感はすさまじかったですね。あと、個人的に眠くなるジャンルはSFなんです。設定が複雑だと脳がシャットダウンして眠くなります。
小柳
難しい本を読んでるときに似た感覚ですね。
鈴木
『2001年宇宙の旅』(*3)は、映画館でも自宅でも何回か観ていますが、毎回寝てしまう。2019年ごろに国立映画アーカイブで70ミリが上映されたときなんて、朝早くから並んでチケットを取ったのに、早起きしてる分、いつも以上に眠くてすぐ寝ました。でも、あの映像美に身を委ねながらうたた寝するのは気持ちいいんですよね。
小柳
複雑な設定で言うと、僕は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(*4)も初見時には寝てしまいました。
鈴木
私もです!情報量の多い映画は頭が疲れて眠れるんですよね。
小柳
情報の洪水に直面すると、僕はあえて脳を強制終了させるようにしています(笑)。また観直せばいいやと、いっそ寝てしまった方がうまく作品と付き合える気がします。
安心してまどろむか、眠気と格闘しながら観るか
小柳
僕の最初の寝落ちの記憶は『ツィゴイネルワイゼン』(*5)です。高校のとき、大好きな鈴木清順作品を初めてリアルタイムで観られると興奮し、わざわざ福岡から東京タワーの足元に仮設されたドーム劇場まで観に行ったのに、幻想味が強すぎたせいか寝てしまった。若い頃は、お金も時間もなく、元が取れなかった気がして悔しかったです。
鈴木
映画館スタッフとしては「この作品はみんな眠くなるだろうな」と思いながら上映するのは少し申し訳なくて。うちで上映したベスト睡眠ムービーは『THE FALLS/ザ・フォールズ』(*6)というのがスタッフの総意ですが、それもちょっとだけ心苦しかったです……。
小柳
偽インタビューが延々続く構成は眠くなりますが、ピーター・グリーナウェイの長編デビュー作でもあり、意義ある上映でした。
鈴木
そう言ってもらえて救われます。遺作が公開されたゴダールも、1967年公開の『ウイークエンド』(*7)以降の難解な作品は、まどろみやすい。
小柳
「ゴダール先生の前では襟を正そう」と臨むのに、あの睡魔には負けてしまう。映画に関わる仕事をしながらゴダールで寝ると告白するのは勇気がいりますが(笑)。
鈴木
その一方で、私の場合はストローブ=ユイレ(*8)は難解だけど寝られないんです。眠っているとスクリーン越しに怒られそうで、常に緊張を強いられる気がして。
小柳
わかる気がします。その話で思い出したのですが、最近は「俺の作品で寝るな!」と叱る系の監督ってかなり減ってますよね。人によっては「私の映画は別に寝てもいい」と本気で言う。もちろん気持ちはわかるのですが、監督自らそれを言っちゃうんだと驚かされます。
鈴木
甘やかされてばかりだと物足りないので、ストローブ=ユイレ的な厳格さも恋しくなるんですよね。映画を観て安心しながらまどろむのも幸せだけど、難解で厳しい映画で眠気と格闘しながら夢と映画を行き来する感覚も捨てがたい。
小柳
ここまで出てきた監督で、睡眠映画の順位を決めてみませんか?
鈴木
面白そうですね!タルコフスキーの1位は堅い気がします。
小柳
同感です。作品は4K修復版が公開された『ノスタルジア』にしましょう。2位は鈴木清順で『陽炎座』(*9)はいかがでしょうか?
鈴木
いいですね。陽炎座が崩れるシーンなど見どころも多いですが、全体的に捉えどころがなく、夢を見ているようですぐ眠くなります。
小柳
3位は『2001年』、続いて『ウイークエンド』『ロングデイズ・ジャーニー』でしょうか。眠れない夜でも夢が見られそうな頼もしいラインナップですね。名作ばかりで畏れ多いですが(笑)。