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食べるために旅したい“駿河前”の味。〈サスエ前田魚店〉〈なかむら〉2つの物語

わざわざそのひと皿を味わうために旅する──。そんな価値がある食の名店が、いま静岡に次々と生まれている。その発火点こそ、焼津の名店〈サスエ前田魚店〉と前田尚毅さんその人。協力する漁師たちとともに彼が見出す天然の魚介は、今や全国でも知られるものとなってきた。信頼関係で結ばれ、素材の力を引き出す若手料理人の一人に焼津〈なかむら〉の中村友紀さんがいる。駿河湾で穫れる“駿河前”の魅力を拓く、仕事と、その人間たちの物語。まず今回は、この2人に焦点を当てよう。

photo: Norio Kidera / text: Michiko Watanabe

静岡には〈サスエ前田魚店〉があり、前田尚毅がいる

〈サスエ前田魚店〉前田尚毅
365日24時間、魚のことしか考えていない、というくらいの情熱で魚を選ぶ、前田尚毅さん。

午前11時少し前、静岡・焼津の〈サスエ前田魚店〉には活気が満ち満ちていた。静岡ガストロノミーを牽引するシェフたちが一堂に会し、“今日一番”の魚をゲットしようと、食らいつかんばかりに店主・前田尚毅の手元を見つめている。目の前には、素晴らしいアジの山。その中のピンのピンを巡ってジャンケンが始まった。勝ったシェフには、その最高峰が渡される。これが毎朝の光景だという。各店舗のスペシャリテとなる“今日一番”はジャンケンで決める。真剣そのものなのだが、何だか原っぱで遊ぶ子どもたちのようだ。

何基もある流し台は常に冷やされ、大勢が凄まじい勢いで魚をさばいている。よく見ると、スタッフに交じってシェフたちもとんでもないスピードで下処理に励んでいる。ここで下処理をすれば、各店舗の調理場でその作業をしなくて済む、という前田の配慮だ。昼の営業がある店主は、あっという間に処理を終え、大急ぎで自分の店へ帰る。これも毎日の光景である。

静岡ガストロノミーの源流のひとつは、前田と料理人・志村剛生が世界を目指して二人三脚でスタートした、天ぷら〈成生〉(なるせ)に始まる。駿河湾の魚のポテンシャルを最大限に引き出すべく、日々一緒に試行錯誤を繰り返し、やっと完成した天ぷら。いわば“駿河前”の味は、瞬く間に食いしん坊の胃袋をわしづかみにし、予約の取れない、文字通り垂涎の店となった。同時に、取引を希望するレストランが前田のもとに押し寄せた。

「自分が勝負するのは駿河湾の魚です。なるべくなら移動させず、駿河で食べてほしい。人間でもそうでしょ、慣れない土地に行くと緊張する。魚も移動によってかかるストレスがあるんです。発泡スチロールに入れる場合は、たとえば上側と下側によってもストレスのかかり方は変わってきますし。それによって火入れの仕方もかえなきゃいけない」

県外に出す魚はことのほか気を使う。どうしても移動に際して魚の持つ水分量が変わってくる。それを地元で食べるのと同じように「仕立て」ていく。前田の魚は今、全国に、海外にと送られる。それも、細やかな注文がなくとも、あの店、このシェフは、あの料理は、と好みを考え、それによってさばき方や仕立てを変える。12種あるという氷を使い分け、浸透圧も考えながら詰める。そうした、ひとつひとつの手作業がまた、強い信頼を生むのである。

代々の鮮魚店の長男で、母のおなかにいるときから魚に触れていたとはいえ、ここまですんなり来られたわけではない。「魚屋は漁師よりも偉いんだ」という思い込みから、漁師から総スカンをくらったこともある。その軌道修正に7年を要した。一生懸命に応援したシェフの中には、売れてくると離れていった人たちもいた。それでも、前田の熱い思いは変わらない。ただひたすら、どうしたら漁師が苦労して集めた魚を、料理人へとまっすぐにバトンタッチしていけるのか。要となる自分が何をすべきか。

「そのためには、海の中を一番よく知っている漁師さんの中に自分が半歩踏み込み、おいしく料理してくれる料理人さんの中にも半歩踏み込むことだと思います。そうやって、歩み寄っていって、一列につなげる。それが僕の役目だな、と」

と、ここまで読んだ方は、前田の店はプロ向けなんだなと思うかもしれない。それが、違うのだ。店舗の売り場には、廉価な刺身や切り身、干物、調味料などが並び、遠方から来る客もいるが、基本は一般向けのスタイルになっている。

「町の魚屋さんを目指してるんです。“さん”と付けたほうが、ぐっと親しみやすいでしょ。そう思ってもらいたいんです」

店舗は、今日も地元の買い物客で賑わいを見せている。皆、手には重そうな荷物を抱えて帰っていく。そんな前田が扱う魚に惚れ、前田という人物を慕う静岡の料理人が増え、〈日本料理FUJI〉〈シンプルズ〉〈温石〉、昨年に広島から飛び込んできた〈馳走 西健一〉も前田のもとへ通うように。そして、満を持して今年、新たに選抜選手として加わったのが、〈成生〉で修業した焼津の〈なかむら〉だ。次はその天ぷらの〈なかむら〉を訪ねてみよう。

受け取った食材を活かし、新しい美味を創る

〈なかむら〉店主・中村友紀
下処理した魚を店でおろしていく中村さん。

〈なかむら〉店主・中村友紀は1985年生まれだ。〈サスエ前田魚店〉に通うようになったのは、いま集まっているシェフたちの中では実は一番古い。勤めていた居酒屋で取引があって、20歳頃から通い始めて20年近くになるという。通う前から魚を覚え、いろんな料理も覚えてはいた。天ぷらも当然、経験はあった。天ぷら屋さんなんて、大した違いはないだろう。そう思っていた。

あるとき、〈成生〉に食事に行って腰を抜かさんばかりに驚いた。

「感動しました。魚も野菜も知っている食材だけど、全然違ったんです」。そして、今なら入れるということで修業をスタート。気が付けば8年も経っていた。「その間にも、どんどん進化していくんです。今までやってきたことを覆すような変化が、毎日あるんです」。〈成生〉志村シェフと前田の真剣白刃の追求によるものだ。

そして、本年いよいよ焼津に店を出すことになった。建物は、前田が師と仰いだ料理人がやっていた店を借りることになった。師が亡くなったあと、空き家になっていたものだ。

「不思議ですよね。中村が使ってくれることになるなんて」と、前田。掃除は欠かさず、大切にキープしてきた前田とその師の魂のこもった建物である。

店はカウンターのみだが、席数も席の間隔も前田と中村の2人が一緒に考えた。銀行も一緒に行くし、器も一緒に考える。愛弟子の中村の出店に、前田はそこまでかけるのだ。「プレオープンのときは、毎日食べてもらって相談にものってもらいました」と、中村。

前田がいう。「天ぷらというのは、油の中で脱水するのが常識。でも、〈なかむら〉は“保水”なんです。油に入れてもジュッという音がしない。水分というのは旨みの成分でもあるので、保水することで旨みを閉じ込めることができる。倍以上に膨らみますよ」。

中村もいう。「水分はあるんですけど、魚が本来持っている水分です。ただ、どんな魚でも揚げることで保水できるわけではない。仕入れ8割。いい素材でないと勝負になりません。日々、発見の連続です」。

なんていってる間に、予約至難店になってしまった〈なかむら〉。「まだまだ、これから。今日できることを精一杯やっていこうと思っています」。

美味ららら
静岡ガストロノミーツーリズム

東海道の豊かな自然とその恵みが揃う、静岡。その県内各所で生まれる豊かな食材を活かす料理人たち、またその美味を訪ねる旅へ案内するサイト。

HP:https://shizuoka-gastronomy.jp/