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坂本龍一が最も信頼したアーティスト・高谷史郎が最も近くで目撃した、坂本の創作

一人のアーティストとして、20年以上にわたり坂本龍一の制作を最も近くで“目撃”した高谷史郎が、“見えないもの、聞こえないもの”を追求し続けた坂本の創作について語る。

photo: Masuhiro Machida / edit: Shiho Nakamura

高谷史郎は、坂本龍一の人生において最も長く共に作品を作り、坂本が最も信頼していたアーティストの一人だ。初めて仕事をしたのは、1999年に坂本が手がけたオペラ『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』。高谷は坂本に声をかけられ、舞台の映像ディレクションを担当することになった。

『LIFE』舞台の様子
1999年、坂本龍一が構想・作曲・指揮を手がけた初のオペラ作品『LIFE』(ちなみに、本作品のサウンドスケッチとしてまとめたアルバムが『LIFE IN PROGRESS』)。20世紀の音楽様式をシミュレートした楽曲と歴史的記録映像によって構成された。高谷史郎が映像監督を務め、坂本との初の仕事となった。
Photo by Mikiya Takimoto. ©1999 KAB Inc.

「坂本さんは、プログラムのルール作りがすごく明快なんです。表現すべきことを損なわないように、そのルールの幅の中で必要なものを取捨選択する。映像編集の作業自体は膨大でしたが、坂本さんは、“言わないとわからないことは、言ってもわからない”と考える人で、判断が速く、迷ったりすることはなかった」と、高谷は当時を振り返る。

48人のオーケストラに、100人のコーラス隊、世界各地から集められた音楽家、マルチスクリーンを使った映像、ネット中継によるダンスパフォーマンスなどが盛り込まれ、極めて先駆的な舞台は話題を集めた。

以降、2人は、坂本が亡くなる直前まで、舞台やライブ、そしてインスタレーションなど、数多くの実験的な作品を共作していくことになる。

「制作における坂本さんは、口にせずとも、違うと思ったらそこで作品は終わり。次へ行かないと、という人だった」と高谷さん。
Kab Inc. / KAB America Inc.

流動的で自由な“庭”に立ち坂本が見つめたもの

2007年に山口情報芸術センター[YCAM]から新作の制作を頼まれた高谷は、『LIFE』をインスタレーションに展開することを坂本に提案する。「当時坂本さんは、『LIFE』のために制作した音楽や映像を異なる形で再構築できないかと考えていました。一般的な舞台やコンサートのように音楽や映像を一方向的に観客に伝えるのではなく、時間から解放されるような空間を作れないか、と。そこで、相談することにしたんです」。

こうして坂本と高谷の共作として制作された《LIFE‒fluid, invisible, inaudible…》は、空中に吊られた9つの水槽に霧が充満し、そこに投影された映像が刻々と姿を変え、音響の中を観客が自由に行き来するというものに。

「作品が完成した時に、“これはお庭だね”と坂本さんが話していたことが印象に残っています。庭に立つと、風を感じたり、後ろから草がさわさわと動く音やししおどしの音が聞こえたりと、あらゆる微細なものが動いていることがわかりますよね。庭のような環境の中で、目には見えなくて、耳では聞こえないけれど、想像力で見て聞こえてくるもの。そんなことをお客さんに感知してもらいたいと考えていたんです」

アーティストの高谷史郎

その後も約15年にわたって続いた2人のコラボレーション。例えば、2017年のアルバム『async』のリリースに合わせてワタリウム美術館で開催された坂本の個展『設置音楽展』では、空間に音を設置するという坂本のコンセプトのもと、5.1chサラウンドの音響空間に高谷の映像を配置したインスタレーションを展示した。

また、数年をかけて制作された劇場型の『TIME』は、2021年にオランダで初上演。「坂本さんは、始まりと終わりのある舞台の既成概念を取り払いたいと考え続けていた。坂本さんにとって“時間”が大きなテーマの一つでしたから。作品には、夏目漱石の『夢十夜』や、能の演目『邯鄲(かんたん)』など、時間が鍵となる物語を基に、坂本さんにとってもう一つの重要なテーマである“人間”と“自然”が描かれています」

さらに、2022年の第59回ヴェネチア・ビエンナーレは、坂本にとっても一つの挑戦となった。というのも、〈ダムタイプ〉の一員として音を制作することになったからだ。〈ダムタイプ〉とは、パフォーマンスや映像、インスタレーションなど一つの枠にとらわれない表現を行うアーティスト集団で、1984年の結成時から高谷はその一員。〈ダムタイプ〉のあり方は、中心となる人やコンセプトを作るよりも、境界なくさまざまなものを受け入れて、作品が流動的に変化していくことが特徴だ。

第59回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館にて、ダムタイプのインスタレーション作品《2022》。坂本龍一がダムタイプの一員として音を担当。音声にはデヴィッド・シルヴィアンやカヒミ・カリィらが参加した。坂本は、「ダムタイプっぽくないと思ったらカットして、なんでも言ってください」と、やりとりを重ねたという。
Photo:Shiro Takatani , ©Dumb Type, Courtesy of The Japan Foundation

「ビエンナーレでは、これまでの〈ダムタイプ〉を打ち壊してまったく異なるフェーズに投げ込みたかったんです。そうでないと意味がないと思いました。だから、内心、無茶だと思いながらも、いつも別の角度からアイデアが出てくる坂本さんに、メンバーとして参加してもらえませんか?って」

長年、〈ダムタイプ〉のファンだった坂本にとって、嬉しい出来事だったことも窺える。彼らとアイデアのやりとりを重ねながら坂本は、「音楽の場合、ドミソの次におかしな音が来たら間違いになってしまうけれど、インスタレーションの音の場合は、それが間違いにはならない」と、映画や舞台音楽ともまた異なる3次元の空間で、自由に音を置くことを楽しんでいたという。

アーティストの高谷史郎

音と時の感覚を共有した2人が見た世界とは

現在、東京都現代美術館で開催中の『坂本龍一|音を視る 時を聴く』展では、坂本と高谷2人の共作として、5作品を見ることができる。高谷は同展についてこう語る。「坂本さんが考えていた、見えないけれど、聞こえないけれど、想像力で感じられる世界に思いを馳せてみてほしいです」

2人が作った「庭」の中で、多くの観客が、自分自身の自由で新たな感覚をそれぞれが模索できたとすれば、それは坂本と高谷にとっても嬉しいことに違いない。

2007年、山口情報芸術センター[YCAM]で展示された《LIFE‒fluid, invisible, inaudible…》での2人。オペラ作品『LIFE』を解体・再構築したインスタレーションで、宙吊りになった9つの水槽に充満する霧に映像を投影。オペラ作品からの映像と音に、新たに制作したものが追加された。
Photo by Ryuichi Maruo