「ベッドに残されたシーツのシワに興味があるんです」
生と死という人間の根源に向き合い、特定の場所やものに宿る人のいた痕跡を、大規模なインスタレーションで発表し続けるアーティスト、塩田千春さん。ベッドや寝具を配置し、その周囲に黒や赤い毛糸を張り巡らせた眠りをテーマにしたサイトスペシフィックな展示は、世界中で共感を呼んでいる。
「展示にはドイツの病院のスタンダードな医療用ベッドを使用しています。多くの展示ではオープニングでそのベッドに実際に人に寝てもらいます。“携帯電話は持たないで、目を閉じて”とお願いすると本当に熟睡してしまう人もいる。病院のベッドは人が生まれ、そして死んでいく場。なので、ベッドに残されたシーツや枕のシワ、人が寝ていたという痕跡にとても興味があるんです」と塩田さん。
ベルリンのアトリエに設置された防音効果のある個室には展示に使われたベッド1台が置かれている。外からの音を遮断する空間で眠ることを意識した。
「基本的にアトリエのスタッフの勤務時間は決まっているのですが、私は展覧会の支度が間に合わなくて家に帰れなかった時や時差ボケがひどい時にここで睡眠をとります。ちょっとした打ち合わせをすることもありますね」。
広いアトリエの中にあって、プライバシーを約束された特別な小部屋なのだ。そこでの眠りは、本人の実体験を顕現するかのように、制作に大きな意味合いを持つという。
「私の25年間に及ぶ作家活動の集大成の展示が2019年に決まった、と森美術館より連絡を受けました。ところがその翌日、病院での検査の結果、ガンが再発したことを知らされました。本当に天に昇る嬉しさから、死を宣告されたようなショックでした。あの頃の、治療のために麻酔で眠るという時間は記憶から消えています。もうこのまま起きられなくなってしまうのではないかという怖い眠りでもありました」
同展の「魂がふるえる」というタイトルも、当時の死への恐怖の気持ちが反映されていたと振り返る。「眠る、と同じように、夢にも興味があります。というかアーティストって24時間、起きている時も夢を見ているような職業なんじゃないでしょうか」
2024年2月11日まで開催したミュンヘン、ヴィラシュトゥックでのフランツ・カフカ没後100周年のグループ展でも作品《眠っている間に》を展示。カフカの『変身』のように起きたら虫になっていたという恐怖は彼女の発想とも、どこか重なり合う。眠りと夢は日常生活の重要な基盤であることを、塩田千春の表現の世界から改めて気づかされるのだ。