相手役のことを考えていれば自ずと見えるもの
「理想の俳優像みたいなものは特にないです」、俳優の堤真一さんはそうつぶやく。
「ただ相手役がやりやすいと思ってもらえるように考えることは大事かな。相手の言葉をちゃんと聞く。そうしていれば自ずと己の役も見えてきます。やっぱり相手役には嫌われたくないですよね(笑)」。
20代の頃、演出家のデヴィッド・ルヴォー氏に、舞台は自分(俳優)を見せるのではなく、物語の人物の関係性を見せるものと叩き込まれた。以来、多くの演出家に信頼され、ジョナサン・マンビィ氏と再びタッグを組む。
一見難解そうに見える翻訳劇や古典も、堤真一さんが演じる人物を追ううちにするりと物語に引き込まれてしまう。「言語や文化の違いはもちろんありますけど、どんな戯曲でも所詮人間を描いているので、感情や心の動きは変わらないんだなと思いますね」
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身のジョナサン・マンビィさんの演出で、これまでにアーサー・ミラーやイプセンなどの作品に出演してきた。9月には現代の英国劇作家キャリル・チャーチルの『A Number―数』という2人芝居に瀬戸康史さんと挑む。
和やかな環境で、自由な発想から生まれるものを
「マンビィさんは“無理やり感情を作らなくていい。物語の流れに沿って演(や)れば、自然とそういう気持ちになるから”と導いてくれる演出家です。ある正解に向かって、そのイメージに近づけるよう俳優に求める演出家は少なくないですが、英国の演出家からは君なりの役でいてくれと言われることが多いですね」戯曲に意味のよくわからない箇所があったとしても、とりあえずやってみるのだそうだ。
「相手役の言葉や行動を受けて、自分がどんな気持ちになるのか。そこからいろんな解釈を探っていきます。だから、あくまでなまもの、ライブなんですよね」演出家や共演者と共に戯曲に向き合う作業がどれほど刺激的か、これから始まる稽古が楽しみでならないというふうに堤さんは目を輝かせた。
今回は人間のクローンが登場する近未来の話。秘密を抱える、真意の読めない父親役で手ごわそうな戯曲。「そもそも共感できる人物を演じたことはこれまでにもないです(笑)。僕ではないので、価値観も違うし正直“わからない”。わからないから、稽古をしてその人物を知ろうとします」
初舞台から40年が経つ。7月に還暦を迎えたばかり。「僕の若い頃は、現場に怖いスタッフさんがいらしたし、怯えながら学んでいったところもありました。今はみなさん優しく、懸命に俳優を支えてくれます。若い人たちが自由な発想で、和やかに楽しく作品を作れるようにしたいと思いますね」