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クライマー・コミュニティを写す、ヨセミテに通う写真家の10年

世界中のクライマーにとって憧憬の地であるアメリカの国立公園・ヨセミテ渓谷に通い続けている写真家・渋谷ゆり。自身もクライマーである彼女の作品には、自由を愛する人々が交歓する場としてのヨセミテが写されている。

photo: Yuri Shibuya / text: Toshiya Muraoka

オンラインで久しぶりに話した写真家の渋谷ゆりは、先週ヨセミテから帰ってきたばかりだった。クライマー・コミュニティによるイベント「Facelift」に参加してきたのだという。日中は主にクライミングエリアやトレイル周辺の残置ゴミを清掃し、夜にはトークイベントが開かれる数日間。

毎年、秋のクライミング・シーズンの始まりに行われるが、今年は日中の気温が30度まで上がったため、渋谷はイベント後にはヨセミテバレーから標高2500mを超える涼しい草原地帯のトゥオルミ・メドウズに移動したそう。

普段はカリフォルニア州バークレーに暮らし、毎年1カ月以上はヨセミテ国立公園内で過ごしている。

無数に点在する岩に惹かれて、クライマーたちがやってくる。ボルダリングのチョーク跡は、そこで誰かが遊んだ証し。

初めて渋谷がヨセミテに訪れた際にロッジで食事をしていると、汚れてボロを着たクライマーたちが大勢いた。それまで自身が身を置き、被写体にしていたNYのスケーターたちとどこか似ているものを感じて後をつけてみると、CAMP4と呼ばれるキャンプサイトが彼らの居場所だった。

再訪して、一人でテントを張って泊まってみると、彼らはとてもオープンで、滞在するほどに面白い人たちだと知った。できるだけヨセミテに長く滞在するためにパークレンジャーの仕事を得たり、秘密の洞窟で暮らしていたりするクライマーたちにカルチャーショックを覚えつつも、その自由さに惹かれていった。

「Facelift」を始めたローカル・クライマーの一人であるケン・イエーガーも、ヨセミテに訪れた初めの数年間は洞窟で暮らしながら、ビッグ・ウォールに取り付いていたという。彼は「Yosemite Climbing Museum」を設立した人物でもある。

世界でもっとも大きな花崗岩の一枚岩、エル・キャピタンをはじめ、ロッククライミングに適した岩が無数に点在するヨセミテは、1950年代から少しずつ醸成されたクライミング・カルチャーの中心地であり続けている稀有な場所だ。

渋谷が2014年に出版した写真集『CAMP4』には、彼女が出会い、少しずつ惹かれていったヨセミテへの思いが写っている。巻末には、こんな言葉を寄せていた。

「世代も変わり物質的に豊かな時代になったこととの引き換えに失われてしまったことも多いけれど、その昔ここで過ごした人たちが持っていたような精神をいつまでも忘れずに受け継いでいきたいと思う。そして自分なりのやり方で、人と自然の関わりをしばらく追いかけていきたいと思っている」

クライマーたちが眺めている風景。こうして一緒に時間を過ごす中で、少しずつ撮り溜めた写真をまとめた。

『CAMP4』の出版から早くも10年が経って、渋谷は新たに2冊のZINEをまとめた。ヨセミテのどこかに点在する岩と、その岩に親しむクライマーたちを写したもの。岩はどのようなサイズかもわからず、クライマーたちにもキャプションはつかない。モノクロームの写真からは、さまざまな要素を削ぎ落としたゆえに、明確に浮かび上がってくるものがある。

「私自身はクライマーというよりも、やっぱり写真家なんだと思う。ヨセミテが好きで、そこに滞在するための良い言い訳として、クライミングがあるというか。『CAMP4』を出版した時、友達が私のことを紹介する際に『ゆりは、ヨセミテでストリートフォトをやってるんだよ』って説明してくれたけど、それは今でも変わらない。クライミング中のすごい写真を撮りたいわけではないから。“スタイル”っていう言葉は、クライミングだけではなくて、ヨセミテでの過ごし方、普段の仕事や人との接し方すべてを含んでいると思うけど、それが素敵で憧れる人を写しているのかもね」

それでも渋谷は「ヨセミテに滞在してクライミングをしないのはもったいない」と言って、いかに岩とのフィット感が素晴らしいものかを話した。クライミングはメンタルの駆け引きが面白い運動であり、そのルートを登らなければ絶対にしない体のムーブが気持ち良くて何度も同じルートを登ってしまう、と。渋谷の友人は100回登ったルートを指して「オールド・フレンドだから」と笑ったという。「人と自然との関わり」を示す言葉だろう。

今回のヨセミテ滞在中に、ヨセミテバレーのお気に入りの川に水浴びに行くと先客がいた。どこかで見たことがあるなと目を凝らすと、長らく憧れていたサーファーのデイヴ・ラストヴィッチだった。渋谷は、彼ら家族が川遊びをする姿を眺めて「繋がりを感じた」という。

自分が大切にしている場所に、同じように親しみを覚えて遊ぶ姿は、改めてヨセミテの持つ磁力を再認識させてくれる風景だった。

「ヨセミテって、実はNYの次にすごいエネルギーを持った場所だと思ってる。世界中から有名無名を問わず面白い人たちがやってきて、自分がいつか会いたいと思っていた人に会えるから。願いが叶う場所。もう10年以上も通い続けているのにまったく飽きないから、私は本当にヨセミテが本当に好きなんだと思う」

新しい2冊のZINEのタイトルは、『For a Moment』(ほんの一瞬)と『Ten Years After』(10年後)。瞬間が積み重なって10年が経ち、その流れた時間の断片としてまとめられた。一枚の写真には、時間的、空間的な広がりがあることを知る。

ヨセミテの象徴である、エル・キャピタンを眺める。