池澤春菜
最近、SFの間口がものすごく広がりましたよね。SFファンじゃない人たちも、気軽に楽しんでいる。大森さんが翻訳した『三体』もこんなに盛り上がっていて。
大森望
ドラマ化と文庫化でまた火がついた感じです。
大澤博隆
宇多田ヒカルさんのベストアルバムも『SCIENCE FICTION』(*1)。音楽雑誌ではなく『S-Fマガジン』に小川哲(*2)さんとの対談が載ったのも印象的でした。
大森
今年公開された『デューン 砂の惑星PART2』も評判ですしね。1は原作を尊重しすぎた気がするけど、2は吹っ切れたような。
池澤
SFは昔、筒井康隆さんがおっしゃった“浸透と拡散”(*3)を繰り返してきた分野。ある程度「これはこういうものだよね」と浸透し、再び広がっていくという動きを繰り返していく。日本のSFは今また浸透期に入ったのかも。
大森
今回のブルータスの特集では、「(1)この現実と何らかの形で繋がっていながら、未来的なもの、宇宙的なもの、奇異なものなど、現時点の日常世界では起こり得ない状況や物事が描かれていること。(2)その中に何らかの科学的なロジック、もしくは一定のルールが存在すること」。編集部と相談してこの2つの条件を定義として設定しながら、2000年代以降の現代作品を中心に、メディアを横断してSFの楽しみ方を掘り下げています。なので、まずはこのメンバーで最近のSF事情について話してみようかと。
池澤
SFの2000年代以降、いろんな動きがありましたよね。
大森
少し遡ると、1998年に電撃文庫から「僕は自動的なんだよ」が決め台詞(ぜりふ)の『ブギーポップは笑わない』(*4)が出て、同年に宇多田ヒカルが「Automatic」を発表した。世紀末にオートマティックなヒーローが現れ、ライトノベル的なSFのリアリティと現実とが混じり合ってゼロ年代が始まった印象があります。そしてその後、伊藤計劃(けいかく)(*5)も出てきた。
池澤
ゼロ年代に入ると“セカイ系”(*6)といわれるジャンルが生まれますよね。世界の変動を描きつつもライトノベル的なタッチで恋人、友達、家族といった身の回りの物語に着地する作品が増えました。
大森
2人の関係が世界の大きな変化と直結する。新海誠もその系譜で、『天気の子』なんて、彼と彼女の関係で東京が水没しちゃう。
大澤
少し視野を広げると、2007年に初音ミクが登場してますね。あれも一種のアンドロイド系コンテンツとして受け入れられたSFかなと思います。
池澤
デジタルとの関係性が変わり、iPhoneの登場で世界と常時接続できるように。“僕と君”だけの閉じた世界ではいられなくなったのが、2010年以降なのかもしれない。
大澤
確かに、会社員だった藤井太洋(*7)さんが通勤中にiPhoneで作品を書いたと聞いて変化を感じました。これまでと違うところからパッと現れる作家がいるんだなって。
池澤
その軽やかさは加速して、2020年に入った今は「自由に書いたらSFになりました」という作家さんが増えている気がします。宮内悠介(*8)さんや高山羽根子(*9)さん、小川哲さんのような、SFと純文学の越境者が増えた。読む側も線引きせずに読んでいますよね。
大森
世界全体で言うとこの10年ぐらいは多様性の時代です。劉慈欣(りゅうじきん)(*10)の『三体』が英訳されたのが2014年。それまで中国SFなんてほとんど誰も知らなかったのに一気に広がって、ヒューゴー賞(*11)を取るまでに。非英語圏のSFが注目される時代になった。さらにアフロフューチャリズム(*12)も勃興。アフリカやアジア出身の作家が増えていますよね。女性はもちろんトランスジェンダーの作家も。
『三体』が教えてくれた、中国SFというジャンル
大森
ちなみに『三体』三部作は日本で100万部売れているそうですが、反響の大きさが僕も不思議で。
池澤
決して読みやすいわけではないんですよね。文化大革命から始まるところでよく脱落しないなって。
大澤
ヒットの裏側には『三体』を通して中国を知りたいとか、『三体』を好きな中国人はどんな考えを持っているんだろう、という視点もある気がします。
大森
意外だったのは、今年3月にNetflixでドラマが配信されてすぐ、「なんで日本語吹き替えがないんだ。字幕なんてムリ」という不満の声がSNSで多く見られたこと。なるほど、普段字幕版を観ない層にまで届いているんだな、と。
池澤
その吹き替え版の配信も始まってよりブームが加速しましたね。
大森
普通配信ドラマ化されても原作にはあまりリンクしない。『ゲーム・オブ・スローンズ』も原作の販売にそこまで影響しなかった扱いでしたが、『三体』は結びついた。おそらくNetflix版アレンジが小説と全然違っていると聞いたから原作も読みたくなるんでしょう。同様に原作ファンもドラマが気になったという。
池澤
「オックスフォード・ファイブ(*13)ってなんやねん!」って言いながら、でも観ちゃう(笑)。
大森
なぜ今まで映像化されてなかったの?という作品も続々映像化されています。先ほどの『デューン』もそうですけど、『三体』に影響を与えたアイザック・アシモフ(*14)の『ファウンデーション』(*15)もドラマになった。
大澤
あと、日本のドラマでも、SF的な概念をうまく展開に取り込む作品が増えた気もします。
大森
そうですね。過去や未来へタイムトラベルする『不適切にもほどがある!』は宮藤官九郎さんの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を日本でやりたいという出発点があり、デロリアンが路線バスに置き換わった。
人生を何度もやり直す『ブラッシュアップライフ』も、設定はファンタジーですが、作中にSF的な表現技法が上手に盛り込まれていたなと。ループはもちろん、過去を改変するというのもSFでは定番ですから。
池澤
やり直しもの、みんな好きですよね。異世界転生(*16)、“強くてニューゲーム”(*17)とか。
大森
人生の悲劇を食い止めるところに関心があるんでしょうね。
大澤
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がきっかけで、マルチバースという言葉と概念が一般化しましたね。
大森
マルチバースは、以前はパラレルワールドとかパラレルユニバースと呼んでいたんです。でも『エブエブ』以前に、マーベルがMCU(*18)の世界の広がりを包括するためにマルチバースという考え方を導入したことで、そちらの言葉の方が定着した。世界線(*19)も、以前は“時間線”と言っていましたよ。