真の“世界進出”とは? 佐藤健が見据える次の時代
韓国エンターテインメントが世界を席捲し続ける昨今、久々に飛び込んできた日本人スターのグローバルなニュース。しかし派手にも聞こえるこの取り組みの裏側にあるのは、佐藤健の中にある「次の時代の俳優像」に向けての第一歩であった。
本人へのインタビューを基に、このプロジェクトを企画したプロデューサー、編集者の岡田有加氏による寄稿でその全貌を解き明かす。
佐藤健がかつてない挑戦として、ニューヨークを拠点に写真界のトップを走り続けるマリオ・ソレンティを迎え9月にパリでひそかに撮影を敢行。そのプロジェクトの存在とスペシャルな写真を収録したアートブック『Beyond(ビヨンド)』が、今号のブルータスの発売と同時に発表となった。
始まりは2019年。ポートレート写真のレジェンドとして知られるアルバート・ワトソンが『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』で展示した、1989年に37歳当時の坂本龍一を撮影したモノクロプリントとの遭遇に遡る。
血気盛んな坂本を写真で記録した30年前のエモーションは、デジタルが表現の最前線に陣取る現代に瑞々しく息づき、写真というフィジカルなアートとユニバーサルなクリエイティブの価値を問い直しているように思えた。
アーヴィング・ペン×三宅一生やロバート・メイプルソープ×石岡瑛子など、被写体亡き後も写真という生き続け語り継がれていく王道のクリエイティブを、企画を作る側として夢見ることすら放棄していたことに気づかされた。
一方で、縁もあり定期的に企画を協業してきた佐藤健と彼のチームもまた、スターの宿命でもある消費される疲弊とは無縁の表現を常に渇望していた。
「誤解を恐れずに言うと、普段の仕事で撮られた写真の中の自分に、もともとあまり興味がないんです。ただ今回の機会は、写真というものを多くの人々がネットやインスタなどで見る時代にあって、一時的に消費されてしまう写真とは全く違う作品を第一線で生み出し続けているフォトグラファーとのコラボレーションとして一緒にクリエイティブを作っていける可能性を感じ、やってみたいと思いました」
演者側と企画側、互いのチャレンジが符合した経緯を佐藤健はそう振り返る。フォトグラファーの検討に入ったのも束の間、世界はコロナ禍へ。一方で撮影の地は早い段階からパリを熱望していた。建築やアートにも関心が深い佐藤健がファンを公言し交流を持つ、安藤忠雄氏の挑戦が成就した現代美術館〈ブルス・ドゥ・コメルス〉の空間と、写真を通してコラボレーションできたらというビジョンがあったからだ。
そして海外との往来が復活し始めた2022年。想定外の円安に決断を悩みながらも腹を括り、佐藤健とも熟考を重ねてオファーしたのが、マリオ・ソレンティその人。佐藤健という存在をパブリックもパーソナルも内包した絶対的なユニバースへ連れていってくれるスピリットを欲しての選択だった。
結果、幸運にもマリオからのシンパシーを得て、超多忙な両者が9月のたった2日間だけパリに集うことができた撮影は、予定の時間を過ぎてものめり込むようにシャッターを切り続けるマリオに佐藤健が断続的に立ち向かう、想像以上に過酷なものに。
膨れ上がった何十人ものスタッフの中、マリオは前提として2人きりの撮影を望み、佐藤健も誰をも寄せつける隙を見せず、ほぼ密室での濃密なセッションから生まれた写真。その一部が、世界に先駆けて今回の誌面上で先行公開した3点である。
写し出されているのは、自身が培ってきたすべてをもって一歩も引かずに挑み切った、佐藤健の人間力だ。彼はパリでの記憶をこう語る。
「初日にマリオから1発目のシチュエーションでの写真を見せてもらった段階で“この人にすべてを任せたい”と思えるクオリティを感じました。完全に自分の中のスイッチを入れられましたね。本気でやりたいし、ぶつかっていきたいなと。マリオの人間性や包容力も大きいと思うんですが、どんどん内面までさらけ出していきたくなるような感覚もあって。マリオもまた、僕に委ねてくれているムードが伝わってきました。役者の現場でも同じですけど“ここに立ってこういう表情をしてください”と言われるより“あなたを信頼して任せている”という空気感を感じ取れたときに、一歩先の表現が生まれるような気がしていて。なので、パリでの2日間は悔いを残さず出し切りました。純粋に長い時間カメラの前に立ち続けるのはめちゃくちゃ疲れたけど(苦笑)、マリオが納得するまで気持ちよく付き合いたいと思えたし」
コンテンツでなく人間として
明日を変えることを諦めない
「委ね合う」という大前提に集約されるコラボレーションが佐藤健の中で大きな意味を持っていることは、昨年、デビュー以来所属した事務所から独立し立ち上げた会社の名前が〈Co−LaVo(こらぼ)〉であることとも無関係ではないだろう。
そのウェブサイトに書かれた「“新たな価値を、共に生み出す場所”をコンセプトに、世界中の人々とつながり、ビジョンを共有する」という社是は、偶然か必然か、マリオとのプロジェクトも言い得ている。ただ一方で佐藤健にとっての“世界進出”は、海外のクリエイターとばかり仕事をすることや、あえて英語の台詞でハリウッドと渡り合うことではない。
「言うまでもなくNetflixの到来で、俳優を取り巻く環境も僕自身の考え方も、大きく変わりました。具体的には日本でも韓国やほかのアジアに負けない制作費をかけて、配信を通して作品を届けられるようになったことで、改めて世界を見据え、まずはアジアに向けて日本発のドラマを作っていきたいと思うようになった。それは俳優として初めて自分の中に生まれた明快な目標でもあります。ただし、新しい表現を新しい環境に広めるとき、そこには絶対的に新しいスターが必要。韓国を例にとるならヒョンビンのような俳優であり、ポン・ジュノ監督のようなクリエイターでもいい。とにかく僕たちはまず日本発の作品からアジアスターを生まないといけない。そのうえで今はまだ自分たちが作りたいものを作る段階にないことを自覚して、キャラクターも含めアジアや世界で火がつきそうな作品を作っていくことが、今の我々がすべきことだと。僕は何かを変えるのはコンテンツじゃなく、人間だと思っています」
母国語で作った作品や音楽が世界に通用することは、隣国が証明している。それが日本語でできないはずがない。佐藤健は「明らかに抜かれた後だから」と負けを認めたうえで、貪欲に成功例を吸収し、目的を果たそうとしている。加えて今号の特集のキーワード“ゲームチェンジャー”の要素を問われると「圧倒的にスペシャルでありたいと思うこと、ですかね」と語る。
ちなみに今回のアートブックのディレクションは、佐藤健が意識を向けるアジアから、台北を拠点にオリジナルなデザインを手がけ続けるアーロン・ニエに依頼した。
佐藤健がアーロンへ伝えたのは「過去の自分の写真集は家であまり目につく場所には置いていないけれど、今回のアートブックはマリオの作品集でもあるので、リビングで愛でることができるようなものにしてほしい」というリクエストだ。
すなわちこの『Beyond』という作品が、今、佐藤健の目の前にあるあらゆる枠という枠をどこまで“超えて”、多くの人に届いていくことができるか。そのクリエイティブと辿り着く先を、願わくば共に“圧倒的にスペシャル”であることを諦めることなく、手に取り、見届けてもらえればと思う。
マリオ・ソレンティへの、8の質問
Q1.このプロジェクトに参加を決めたきっかけは何ですか?
Takeruのような才能を持った人の本を手がけるというアイデアにとても興味がありました。本当に楽しいプロジェクトのように感じましたよ。ファッションやその商業性だけに焦点を合わせていない何かをすることにも魅力を感じました。
Q2.佐藤健さんに初めて会ったときの印象は?撮影が進むにつれて彼への印象が変わったとしたら、その経緯と理由を教えてください
会った瞬間、とてもクールな人という印象を受けました。本当に面白い数日間になるだろうと思いましたし、私たちがクリエイティブ面で意気投合できることもすぐに確信しました。
Q3.パリ撮影で特に印象に残っている話について教えてください
橋の下で撮影していたときのことです。Takeruは街灯の柱の横に立っていて、私たちは彼を横から照明で照らしていましたが、まるで映画のワンシーンのような瞬間に感じました。それはまさにパリで摑もうとしていた、ストーリー全体のムードとフィーリングを私に与えてくれました。
もう一つ、今回の撮影でクールだったのは、Takeruをアルチュール・ランボー風のキャラクター設定にしてみたことです。ランボーというのは多くの詩人やアーティストにとってのヒーローで、彼らにインスピレーションを与えた人物です。Takeruがそんなキャラクターを演じることができるかもしれないというファンタジーを私は気に入っていました。
Q4.佐藤健さんの一番チャーミングなところは何だと思いますか?
Takeruはとても親しみやすい人です。そして彼はあるすごい資質を持っていて、その瞬間瞬間、(実際よりも)若く見えるのかそれとも年上に見えるのかわからなくなるのです。変幻自在、というか。一人の人間の中でこの2つの強い個性が同居している様子を見るのは、とても面白かったですね。
彼はとても直感的で、かつとても繊細で、私たちはあまり話さなくてもお互いのことや、この撮影をどのような方向に進めていくべきかを理解し合っていました。
Q5.佐藤健さんの創造性に対する姿勢やアプローチをどう評価しますか?
Takeruは、私たちがこの写真で叶えたいと感じていたことを非常によく理解していたと感じました。それは撮影が進む中で形になっていったわけですが。
彼はそれぞれの瞬間、それぞれのロケーション、そして写真における自分の役割について非常に強い直感を持っていて、それらの写真を作り上げていくためにとてもオープンで、とても寛大に撮影に臨んでくれました。
Q6.業界をリードする写真家の一人として、あなたは長い間世界中のさまざまなプロジェクトに関わっており、あなたの創造性を推し進め続けています。仕事の中で新鮮な視点をどのように育てていますか?
それは本当にすべてと関係があります。ファッションやアート、映画で起こっているすべてのことに興味を持ち続け、目を開いています。そして常に自分を駆り立てるようにしています。写真は言語のようなもので、私はいつもその言語を洗練させ、現代に響くように翻訳しようとしています。
Q7.クリエイティブな思考をするためのお気に入りの場所やスペースはありますか?
私の好きな場所は自宅です。多くの本があり、オフィスがあり、私が創造的になってリサーチに没頭できる場所だからです。また、ニューヨークという街は私にとても合っていると思います。魅力的なミュージアムもたくさんありますし、多くの刺激的な出来事が常に起こっています。
Q8.今、あなたが興味をそそられているもの、つまり特定の人やモノについて教えてください
一つだけに絞るのは難しいですね。自分の周りにいる人々、場所など、日々触れる中で私に影響しているものはいっぱいあります。自分の子供たちは多くの刺激をくれますし、若い人たちの周りにいることもそうです。
私はとてもラッキーで、都会だけでなく自然の中で多くの時間を過ごし、この2つの異なる環境が自分に与えるメリハリや影響を噛み締めることができています。私はスポンジのような人間ですから。
今まで見たことのない佐藤健の姿と魂を記録した、
初のアートブック『Beyond』が発売決定
アート作品としての写真を収めた、佐藤健にとって初の一冊となる『Beyond(ビヨンド)』。1928年に建てられたアパルトマンや、数々の名作映画にも登場するビル・アケム橋など、マリオ・ソレンティが佐藤健のために提案したパリのロケーションを舞台に約40点の写真作品を収録予定。
アーロン・ニエによるアートディレクションをはじめ、佐藤健のファンはもちろんアートやグラフィックデザイン、建築や写真ファンもチェック必須の一冊だ。詳細と購入は https://colavoshop.jp/ から。なお、マリオに挑んだパリ滞在中の舞台裏については佐藤健のYouTubeチャンネルで配信中。
また、現在MIKIMOTOの公式ウェブサイトでは、MIKIMOTOがパリ店を構えるヴァンドーム広場で撮影されたスペシャルコンテンツを限定公開中。このサイトでしか見られない、佐藤さんのパールジュエリーを纏った姿が、3枚のヴィジュアルとショートムービーで楽しむことができる。今回、MIKIMOTOは日本から世界に発信する作品づくりを目指すその挑戦に共感し、同じく世界に向けて常に新しいスタイルを提案し続けてきたブランドとして、今回ジュエリー協力を行なっている。