「君、几帳面?」
SAMURAIがスタッフの採用面接をする際に、可士和さんが必ずする質問だ。
「この質問に対してNOの人はその時点でダメなんです。“几帳面”という言葉って、人によって受け止め方がいろいろで面白いんですよ。例えば面接の場で“整理整頓できる?”って聞かれて、胸張って“できません”って答える人はいないと思うんです。でも、“几帳面”は、人によっては、神経質とかネガティブな意味にとる人もいて。
なので面接で聞かれると、本当はきっちりした性格なのに、良かれと思って“いや、そんなことはないです”って答えちゃう人が多いんです。だから、それを押してでも“はい”って即答できるっていうのは、筋金入りの几帳面だろうと(笑)。SAMURAIで求められているのは、そのレベルの几帳面さなんです」
大胆さや斬新さを求められるデザインの世界において、その必須条件が“几帳面”というのは、違和感を覚えなくもない。
「几帳面=デザインがうまい、ではないですけど、ここは新しいモノを作る場所だからこそ最低条件として必要なんです。ロゴ作ったり、プロダクト作ったりっていうのは、コンマ何ミリっていうデリケートな世界。その中で、几帳面な性格じゃないと僕の要求するデザインにはついてこられないだろうなっていうことで」
そう話しながら机に置かれている携帯電話の向きをまっすぐに直す可士和さん。オフィスをあとにするときは、デスクの上には何も残していかない。すべて片付けて、PC内のデータやメールも整理し、モニターの角度を直す。それを無理なく実践し、その環境を快適と思えることがSAMURAIという集団の根っこの部分。
その作業と生み出されるデザインは、決して無関係ではない。
「整理するということは、
効率化するということなんです」
SAMURAIの几帳面さは何よりもまず空間に表れる。入口を入ると目に入るシェルフには、プロジェクトごとに分けられたボックスを整然と配置。ミーティングスペースにはロングテーブルと椅子以外にムダなものは何もなく、椅子は床の板目に沿って等間隔に並べられている。訪れるクライアントは、まずそこから佐藤可士和という個性を印象づけられるのだ。
オフィスはクライアントへの
プレゼンテーションの一つ。
もちろんそれは意識的に作っていると、可士和さんは言う。
「オフィスは自分たちがどういう仕事をするのかを、クライアントに感じ取ってもらう場所でもあるから。デザイン的なインパクトというのも考えているけど、意識しているのは“必要なものだけがある”ということ。打ち合わせをするために必要なのは椅子と机だけ。ミーティングスペースとして“あるべき姿”にしているだけで、これはそのままSAMURAIのデザイン信条でもあるんです」
可士和さんにとってオフィスはただの場所ではなく、それ自体が“仕事”でもある。だからこそ自分の意図する形に保つことが重要なのだ。マネージメントを担当する妻の悦子さんが、それを示す特徴的なエピソードを挙げてくれた。
「3年前までは神宮前にオフィスを構えていたんですけど、あるときスタッフが1人増えて4人になったんです。スペースは十分にありましたが、デスクを追加で入れたおかげで空間のバランスが崩れたと言って明らかに佐藤のモチベーションが落ちてしまって(笑)。それには私もびっくりしましたが、仕事に影響するならもう引っ越すしかないと。でも、1人増えるたびに引っ越していたらたまらないので、今度は5人くらい増えても大丈夫なように設計してとリクエストしました」
可士和さんはリクエストに応え、現在のオフィスは人の増減にも対応する、耐久性のあるオフィスデザインを実現した。オフィスが、クリエイティブの幅を広げるためにも役立ったといえるのだ。
「オフィスは僕にとって実験の場でもあり、何より快適でなくてはいけない。オフィスをあるべき姿にしておくと快適なんだけど、それをキープすることって、実はなかなかできない人が多いんですよ。難しいことはしてないんですけどね。使ったものは片付けましょう、なんて幼稚園でも習うことで。必要ないものは捨てて、必要なものはとっておく。その状態を日々、すべてにおいてキープしているだけなんです」
なぜ、そこまで整理を徹底するのか。ひとつには職場の緊張感を保つためだという。
「オフィス環境を整然とした状態に保つことで緊張感を作っているんですよね。これも僕の仕事だと思っていて。何もリラックスとか弛緩することだけが心地いいということじゃない。仕事場にはある一定の緊張感があった方が、僕はビッと集中できると思うんです。スポーツだって、ある程度緊張感がないといい動きができないでしょ。
集中力が高まるような波長がここにはあって、それを壊す人は最初から採用しない。そうでないと、ここの膨大な仕事を迅速かつ的確に、かつクオリティをもってこなすということはできないから。この環境を心地よいと思えるスタッフが集まっているんです」
SAMURAIのクリエイションの純度を保っているのはスタッフの空気感。この空気感が、強くて鋭いデザインを生んでいるといっていい。
常に、より効率的な仕事の
仕方を考えて“更新”する。
整理することのもうひとつの、そして最大の目的は効率化だ。机の上に資料がぐちゃぐちゃに積まれていたら探すのに当然時間がかかる。1回は3分だとしても、10回で30分、時間をとられていることになる。
「仕事を効率化するということは常に考えているし、スタッフにも言っています。情報やデータの効率のいい整理の仕方に意識が向けられるかどうかっていうのも、やっぱり几帳面かどうかということにかかっているんですよ。僕はよく“ワークデザイン”と言っているんですけど、仕事の仕方に問題意識を持つようにと。
データのバックアップはどう取るのがいいかとか、スケジュールはどう組むといいかとか。そのやり方を考えている間に始めてしまった方がいいと思う人もいるだろうけど、少し遠回りしたとしても、最終的には絶対早いですから」
そして一度組み立てた方法も、次の機会には疑うことを忘れない。
「一回やり方を決めたからこれでいいやって思ってると、すぐにそのシステムは劣化してしまう。状況とか時代によっても変化するので、常に最適な方法は何かを考えています。例えば、デジタルのデータを整理するのに、ファイル名をカタカナにしてたりローマ字にしてたりすると、検索の際に同時に探せなかったりするでしょ。昔はMacの中を全部検索するっていう機能はなかったからそれでよかったけど、そういう機能が出てくると効率が悪くなる。
じゃあ英語に統一しようと。それも、大文字にするかとか、アンダーバーを入れるかによって、検索結果で出てくる順番も変わったりする。そのうち、どの形のファイル名がデザイン的に美しいかとかまで考えるようになるんだけど。そういったことを検証する時間をとることで、あとの仕事が効率的にできるようになる。まあ、それを考えるのが楽しいっていうのもありますけどね。ワークデザインって非常にクリエイティブだし、僕はアップデートフェチだから(笑)」
現状の方法に満足することなく、アップデートを徹底して繰り返してきた結果、データ管理の効率化に関しては究極の形まで来ていると可士和さんは胸を張る。そして効率化において最も大きなウェイトを占めるのが、情報の“共有”だとも。
例えば、スタッフのスケジュール。社内サーバー内でカレンダーを作って、全員がそれぞれの打ち合わせや休暇の予定を書き込めるようにすれば一目瞭然で、スタッフ間の調整もスムーズになる。
佐藤可士和があなたの
仕事をデザインします⁉
「ほかにもプロジェクトごとにボックスやファイルを作って、そこに全員の情報を集約するということもやっています。その仕事に関わったクライアントの名刺もすべて。それによって、担当者でなくても、プロジェクトごとに必要な情報を探すことが簡単にできて、いちいち担当者に確認して回るということをしなくて済むんです」
効率化は仕事の枠や会社の規模が大きくなればなるほど、よりメリットを生んでいく。SAMURAIの方法論は、どんな会社にとっても必要なもののはずだ。
「もちろんうちのやり方を、そのまま何千人もいる大会社でするのはムリだと思うんですよ。でも組織の大きさによって、それぞれ効率化するための考え方はあるはず。そういう仕事をやってみたい気もしますよね。今僕がやっている企業のブランディングの作業って、かなり近いことはしていると思うんです。
別に名刺の管理のことまでは言いませんが、マーケティングと広報の連携だとか、どうやって仕事を組み立てていくかということについてのディレクションはしている。その延長で全体のワークデザインができたら面白いかもしれない。肩書きは……ワークデザインディレクター?(笑)」
佐藤可士和が手がける「劇的ビフォーアフター」。本気でお願いしたい会社も多いのでは?
仕事術三箇条
・必須条件は“几帳面”。
・アップデートフェチになる。
・情報は一箇所にまとめる。