Learn

Learn

学ぶ

佐久間裕美子×「The HEADLINE」編集長・石田健。日常に革新をもたらすテックビジネスの現在地とこれから

便利さだったり、豊かさだったり、私たちの生活にさまざまな変化をもたらすテック×ビジネスの最新トピックは?NY在住の佐久間裕美子さんとニュース解説者の石田健さんが、その先にある可能性や希望とともに技術革新の見通しを解説することに。Z世代の新たな動向にも言及した。

text: Junya Hirokawa

石田健

テックのトレンドの話をすると、Web3の台頭や、冬の時代といわれつつも暗号資産周りの規制や法律の整備が起こって、そこに付随するような新プロダクト、サービスを作る20代の若いプレーヤーも登場しています。しかし、社会に普及するにはまだまだ時間がかかりそう。2023年前期頃は景気の後退が予想され、新しいけれどマネタイズの方法が見えていないような領域は伸びにくいと見ています。

佐久間裕美子

今、Web3で自分たちの体験がどう変わるかが見えませんよね。一般の人たちのエキサイトが追いついていなくて、「ふーん」という状態です。

石田

では、向こう2、3年で何が盛り上がるかというと、既存の大きな産業や大手企業にお金が動いて変化が生まれるのではないでしょうか。具体的には、ESGや脱炭素、ソーシャルといった領域ですね。日本のテックビジネスでは、今後数年は、新しいことよりも既存の枠組みの中で物事が進んでいく印象です。チャレンジよりも、保守的な領域から変化が生まれる予感がしています。

地味な領域から生まれる?日本のゲームチェンジャー

佐久間

最近、美容業界に関心を持つようになったのですが、SDGsを掲げる企業が、環境意識の高いユーザーの「この容器の捨て方はどうしたらいいんだろう」といった気持ちに、応えられていない、ニーズはあるのに受け皿がない。なぜSDGsが必要になり、なぜESG投資が登場したのかという背景が置き去りになり、単なるマーケティングで終わってしまっている。

石田

世界的にはクリーンエネルギーやインフラといった新産業に政府も含めて投資している状況ですが、日本で、こうした領域への大規模な投資はまだまだ少ないかもしれません。

佐久間

国際スタンダードとの乖離は懸念事項の一つですね。日本が独自の道を目指すといっても国際的評価を無視することはできないし、海外からの売り上げや投資がなければ先行きは暗いと思います。ビジネスチャンスもあるはずなのに、日本はすべてのことがトップダウンの傾向だからか、台風の目となる人や商品もなかなか見えてこない。

石田

アメリカにおけるイーロン・マスクのような、わかりやすいゲームチェンジャーといわれるプレーヤーの不在は、確かにそうですね。象徴的なアイコンが登場して、そこに憧れや、批判が集まることでその領域が盛り上がる。日本にも、もっと目立つプレーヤーが出てくれればという気がしています。

佐久間

〈BRING〉(1)というブランドはアパレル業界のゲームチェンジャーかもしれません。ポリエステルの不用衣料を回収して、北九州の工場で再生ポリエステルに織り直していて、今やパタゴニアからもオーダーが入っている。また、私は大麻合法化論者ですが、海外で使われている関連機器が日本製だったりするので釈然としません。もしかしたら日本のゲームチェンジャーは、あまり目につかない領域にこそ存在するのかもしれません。

〈BRING〉サイト画面
(1)〈BRING〉bring.org/

石田

産業レベルで言えば、金融領域や脱炭素周りがゲームチェンジャーになりそうですが、ゲームチェンジャーはやはり、目立たない産業から生まれるというのは同感です。例えば、日本の独立系VCや大学と連携したVCは、ヘルスケアやモビリティ、ディープテックと呼ばれる領域に出資しています。モビリティなら「LUUP」(2)、医療なら血糖モニタリングサービス「Provigate」(3)や「CureApp」(4)という企業の薬事承認を受けたアプリもあります。

佐久間

ヘルスケアつながりで言えば、アメリカで人気の瞑想アプリに「Calm」(5)や「Headspace」(6)があって、大体の人がどちらかをインストールしている。メンタルヘルスのニーズは同じはずなのに、日本にはいいプロダクトやサービスがあっても「誰でも使っている」ユニコーン・アプリになりづらい。なかなか周知されないこと自体に、大きな課題があるような気がしています。

石田

理由は2つあると思うんですよね。一つは、政府などへの働きかけ。つまりロビイング不足です。例えばモビリティの分野などは、めちゃくちゃロビイングが必要な領域です。イーロン・マスクは、なんとなく破天荒な人というイメージが強いですが、自動運転車を走らせるにもロビイングが必須だし、ロケットを飛ばすにはNASAを抱き込む必要があります。

もう一つはメディアが新しいサービスや社会の変化を適切に届けたり、そこに付随する議論を牽引したりすることです。メディアだと過去10年間、テレビや新聞、雑誌の新しいプレーヤーは少なかった。自分は今、テレビにも出て、自分でメディアもやっています。

というのも、いろんな人が好き勝手に話すSNSのような言論空間だけではなく、アジェンダを設定して、イデオロギーに基づいた右派か左派かあるいは保守かリベラルかという話ではなく、超党派でのディスカッションの必要性を感じているから。そういうメディアとして、「The HEADLINE」を始めました。

課題解決までを見据えた、新しい情報発信のあり方

佐久間

今って小売りならAmazon.com、電気自動車ならテスラがマーケットシェアを握っている。すると、そこに、本が1冊売れるごとに利益の一部がインディペンデントな書店に配分される仕組みが「Bookshop.org」(7)という新プラットフォームとして立ち上がる。そういうオルタナティブな存在が、マーケットを健全に保つと思うんです。

石田さんの「The HEADLINE」を見ていると、投資家でもありながらイノベーションの話ではなく、わかりやすいニュース解説にフォーカスされているのは、そこにチャンスを見ている?

「Bookshop.org」サイト画面
(7)「Bookshop.org」bookshop.org/

石田

そういう意味で言うと、「ゲームチェンジャーがこの人だ」と言うよりも、自分自身がプレーヤーでありたいという意識が強いからですね。若いビジネスパーソンが何に興味を持っているかというと、伸びている企業のことや、会社内でも言われているESG。こうした話題はニュースや新聞でも目にするものの、実際のところはよくわからない。

自分がそういった話題の理解を深め、そのギャップを埋めるプレーヤーになろうというのが、「The HEADLINE」の出発点です。

佐久間

なるほど。先日、石田さんがTwitterで、「TikToker、豚の飼料にプラスチックが混ざっていると告発して解雇」の動画をシェアしてましたよね。私も、「大量生産の豚がプラスチックを食べているらしい」という話を聞き、裏を取ってポストしたりもしたけれど、ぜんぜん反応が薄くて。でも、大量飼育されている豚が残飯と一緒にプラスチックを食べている姿を動画で観るとかなりインパクトある。

あれがTikTokに上がってくるのが2022年のリアルだと思いますが、残飯からプラスチックを取り除く地味な課題解決方法は存在するかもしれないけれど、それはストーリーとして地味すぎるかもしれない。メディアをやっている立場から、石田さんはどう考えますか?

石田

あの豚の動画のオチ自体は、「マイクロプラスチックは混ざっているかもしれないけれど、人の安全には問題ないよ」という話ではありますが、確かに過去10年はアテンションで飯を食っていた人がたくさんいた時代だと思います。だからこそ、SNSも伸びました。

だけど、多くの人がそこに少しずつ限界を感じているのが、今なんだろうと思います。だから、アテンションによって注目を集めるだけじゃなくて、それをビジネスと紐付けて課題解決しようぜというプレーヤーが出てくるのが向こう10年間の話です。

「The HEADLINE」もそういうアプローチで、「こんなにやばいことがあります」「リツイートしてください」というのはダサいという感覚があって、だったら、この制度が何から生まれて、どんな産業構造で成り立っていて、政府が介入する余地がどこにあるかを語る。それを、官僚やコンサル、大企業に届けることこそが、ゲームチェンジにつながるという感覚でやっています。

佐久間

私も「リツイートしてください」と思うよりも、どっかで誰かがこれを見て、課題解決に持っていってくれるといいなという感覚ですね。技術的には解決できるはず、という課題って多いと思うんです。

どんな領域のどんな企業に今後10年、注目すべきか?

石田

向こう10年間で言うと、もう目新しくないですが、一つが電気自動車などのクリーンテック領域です。何が肝かと言うと、主に中国のEVが予想以上に価格を下げている点で、先日トヨタがEV戦略の見直しを発表したばかり。このまま技術が進んでいくと、普通の車よりもむしろ、EVが安く手に入る時代がやってきます。

佐久間

競争によってアクセスが良くなるのは、資本主義の一ついいところ。いいことばかりではありませんが。

石田

我々に身近なところで言うと、新型コロナ禍で注目を集めたメッセンジャーRNA。そして、食の領域。今までは、スタバに行ったらミルクのラテしか選べませんでしたが、いつの間にかオーツミルクもアーモンドミルクもある。代替ミルクや代替肉といった代替食品にイノベーションが起きる可能性が高いですね。

佐久間

ヘルスケアと食はイノベーションの余地が大きいですよね。〈BioNTech〉(8)という企業がメッセンジャーRNAタイプのガンのワクチンを開発中で、同様にアルツハイマーのワクチンも複数社が開発中。ミルクや肉の次の代替食品はシーフード。プラントベースの魚や培養魚のスタートアップとして〈Wildtype Foods〉(9)や〈Ocean Hugger Foods〉(10)が登場しています。

石田

今、消費者向けでわかりやすいホットトピックが、「Midjourney」(11)とかそういう類いのAIによる画像生成です。しかし、難しいのが、複雑な文章や具体的な単語を入れなければ望む画像は生成されないこと。

これまでのGoogle検索は、「東京」「天気」と入れれば、東京の天気が表示されるという、入力とアウトプットの関係がイコールでシンプルでしたが、今後は、より複雑な検索ワードにハイコンテクストな回答が求められるようになります。そこまで機械だけでできるようになればビジネス的にも大きなブレイクスルーになりますが、今後5年くらいはユースケースが模索される段階だと思います。

「Midjourney」サイト画面
(11)「Midjourney」midjourney.com/

佐久間

ロマンティストで楽観的な私としては、人間がやるにはエグすぎる仕事から人間を解放することをAI技術に期待しますね。例えば、アリゾナやアラバマといった気温が高すぎる地域の大型倉庫では人間ではなく、ロボットが作業する。マニュアル的な仕事から人間を解放して、効率化によって賃金がちょっと上がったらいいなと思っています。それが実現するかどうかには懐疑的ではあるのですが。

石田

ローンなどファイナンス系にはZ世代のプレーヤーが多いですが、これは、世代的な問題意識を反映していると思いますね。若い世代は、大学に行っても奨学金や学生ローンを払えず、多くは社会に出ても、支出をセーブしながら貯蓄や投資をするという現状です。

そのため、毎月のローンの返済や家を借りるときの保証など、ライフステージの変化に対して、より柔軟なオプションを提供してくれるサービスが若い世代から多く生まれています。生活を手堅く安全にしてくれるようなスタートアップが、Z世代を中心に増えている印象ですね。

佐久間

今、アメリカで暮らしている中で日本と大きく違うなと感じているのが、例えば広告に登場する人たちの肌の色や体の大きさ、年齢が幅広くなっていること。Z世代の人たちが始めた〈XYNE〉(12)というキャスティングエージェンシーがあって、あらゆるタイプの人のポートフォリオを持っている。

サステイナブルな生理用品ブランド〈August〉(13)やメンタルヘルスアプリ「SoundMind」(14)、「CULTED」(15)のようなZ世代による新メディアも登場しています。我々世代は思いつかないところで、自分たちが見たい世界を実現していくZ世代たちの行動力はすごいなと思っています。

いまさらながらも押さえておきたいキーワード

Web3
1990年代のWeb1.0、2000年代のWeb2.0に続くインターネットの新時代。情報の分散管理でデータ改竄が困難な、ブロックチェーン技術を用いたユーザー主導の新サービスが誕生。

暗号資産
ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)に代表される、ブロックチェーン技術で信頼性を担保したデジタル通貨。需要などで価格が大きく変動するため投資対象にも。

ESG
「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字を組み合わせた言葉。短期的な利益だけを追い求めるのではなく、企業が中長期的な成長を続けるために必要な3つの観点。投資の判断基準としても機能する。

メッセンジャーRNA
ワクチンの新プラットフォーム。既存のワクチンと異なり、ウイルスのタンパク質を作る遺伝情報を注射して、体内で目的のタンパク質を合成。短期間でのワクチン開発が可能に。

テックの今と未来

・今後数年は挑戦よりも保守

・地味な領域に革新の種あり

・ヘルスケアと食が注目領域

・Z世代の行動力がすごい